「そうなんだ。こんなところで会えるなんてびっくり」
「おれも。そうだ、せっかくだからこれから飯でもどう? 丁度金曜だしさ。あ、もちろん皆川さんがよければだけど」
まさかそんなお誘いを受けるとは思わなかったので私は目を丸くする。彼にとって私は軽いトラウマになっているのだろうかというくらいに考えていたのだが。しかし言われてみればもう十年近くも前の話なのだ。気にするほうが野暮というもの。
他に断る理由もなかったので、私は驚きつつも首を縦に振った。
引っ越してきたばかりだと言う彼のために、私は行きつけの居酒屋に案内した。どうせ昔の知り合いだ。気張ってフレンチなんて行く必要もないだろう。それにここの焼き鳥は絶品なのだ。
他の席と軽く仕切られたテーブル席に座り、二人ともビールを注文する。彼は終始笑顔で機嫌が良かった。お酒の力を借りつつ、私達は思い出話に花を咲かせ楽しく過ごしていた。
「──それでさ、涙が出ちゃうのよ。最近」
アルコールで気分が良くなった私は、ついつい目下の不可解な悩み事を彼に打ち明けてしまっていた。素面ならもちろんしてなかっただろう。こんな情けない悩みのことなど。
「涙もろいってこと?」
けろりと彼が返す。
「ちがう。別になーんにもしてないのに、ぽろって涙が零れるの。悲しいわけでもないのに」
「ふーん?」
彼はいまいちよく飲み込めていない風だった。私は続けて口を開く。
「たとえば会社でデスクに向かってるとき! 同僚と楽しくランチしてるとき! そんなときに涙が出ちゃうの! 困るでしょ!?」
政治家の街頭演説よろしく、私は熱弁をふるった。ことの重大さを誰かと共有したかった。私は困っているのだと、同情して欲しかった。
彼は可笑しそうにくすくす笑いながら、「それは大変なことだね」と言った。
本当にそう思っているのかは定かでないが、同情の言葉をもらって私は少し落ち着いた。
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