それから私は涙の入ったその小瓶を持ち歩くようになった。それというのも私の涙の発作は、夜だけに限らなくなってきたからなのだ。出勤のとき、会社でデスクに向かっているとき、ランチのとき、ふとした瞬間に涙がぽろりと零れる。前兆がないわけではなく、涙がこみ上げるときには喉の奥が閉まって鼻がつんとする。それを感じた次の瞬間、涙が一粒落ちるのだ。私はやはり何かを悲しんでいるのだろうか。そして憂いて、涙を流しているのだろうか。なんにしても、さすがに所構わず泣いてしまうのはまずい。社会人としての信用の問題になってくる。今はまだ社内の人間には知られていないが、いつ泣いているところを見られるとも分からない。困った。
「あの、もしかして皆川(みながわ)さん?」
ある日の帰り道、帰りの電車を待つ駅のホームで声を掛けられた。顔を上げるとそこには見覚えのある顔の青年。
あ。
「天ヶ崎(あまがさき)くん?」
懐かしい名前を口にする。彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「すげー偶然。久しぶりだね」
天ヶ崎くんは、高校のときの同級生だ。特別に仲が良いわけでもなかったけれど、彼のことはよく覚えている。なぜなら当時私は彼に告白され、そしてフッたのだ。
「久しぶり。こっちで就職してたんだね。いつもこの駅?」
当たり障りのない話題を振る。
昔のことと分かってはいても、ほんの少し気になってしまう。彼はあのとき、傷ついただろうか。私はちゃんと誠意のある言葉で断れていたのだろうか。
「いや、今月から異動になったんだ。今日は営業で回ってたからさ、本当に偶然だよ」
犬のように懐っこい笑顔で彼が答える。
[ 2/28 ][*prev] [next#]
[しおりを挟む]novel/picture/photo
top