それから私は涙の入ったその小瓶を持ち歩くようになった。それというのも私の涙の発作は、夜だけに限らなくなってきたからなのだ。出勤のとき、会社でデスクに向かっているとき、ランチのとき、ふとした瞬間に涙がぽろりと零れる。前兆がないわけではなく、涙がこみ上げるときには喉の奥が閉まって鼻がつんとする。それを感じた次の瞬間、涙が一粒落ちるのだ。私はやはり何かを悲しんでいるのだろうか。そして憂いて、涙を流しているのだろうか。なんにしても、さすがに所構わず泣いてしまうのはまずい。社会人としての信用の問題になってくる。今はまだ社内の人間には知られていないが、いつ泣いているところを見られるとも分からない。困った。


「あの、もしかして皆川(みながわ)さん?」

ある日の帰り道、帰りの電車を待つ駅のホームで声を掛けられた。顔を上げるとそこには見覚えのある顔の青年。

あ。


「天ヶ崎(あまがさき)くん?」

懐かしい名前を口にする。彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「すげー偶然。久しぶりだね」

天ヶ崎くんは、高校のときの同級生だ。特別に仲が良いわけでもなかったけれど、彼のことはよく覚えている。なぜなら当時私は彼に告白され、そしてフッたのだ。


「久しぶり。こっちで就職してたんだね。いつもこの駅?」

当たり障りのない話題を振る。

昔のことと分かってはいても、ほんの少し気になってしまう。彼はあのとき、傷ついただろうか。私はちゃんと誠意のある言葉で断れていたのだろうか。


「いや、今月から異動になったんだ。今日は営業で回ってたからさ、本当に偶然だよ」

犬のように懐っこい笑顔で彼が答える。

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