「ありがとうございます」
ブンちゃんは嬉しくなってにっこりした。
「今日は何か買っていくかい? 今の時期だとグレープフルーツがお薦めだよ」
果物屋さんのお兄さんはそう言って、ぷっくりつやつやしたグレープフルーツを手に取った。
「わあ、とってもきれい。ひとつください」
「まいど。そのままでもいいけど、お砂糖やはちみつなんかをかけて食べてもおいしいよ」
果物屋さんのお兄さんは女の子みたいな白い手でグレープフルーツを紙袋に入れてくれた。
「今日のおやつにします」
きっちりお金を払ってから手提げのカゴに紙袋を入れる。グレープフルーツの爽やかな香りがふわりと漂った。
「かわいいお魚が入ってるね、アメさんのごはんかい?」
果物屋さんのお兄さんは真っ赤なかわいいエプロンのポッケに手を入れた。
「はい、たくさん食べなさいってお魚屋さんがくださったんです」
「ブンちゃんおなか空いてるの?」
真っ赤なエプロンのポッケに手を入れたまま果物屋さんのお兄さんがブンちゃんに聞く。
「いいえ。たくさん考えるために食べるんです」
「? 何を?」
お兄さんは首を傾げた。
「サラリーと守りたいひととの関係性についてです」
果物屋さんのお兄さんはこてん、と逆方向に首を傾げた。
「どういうこと?」
女の子みたいな声で聞く。
「スドーさんは、守りたいひとのために好きではないお仕事をしています。でもお魚屋さんは、好きなお仕事をしています。お魚屋さんは、お仕事だからいろんなことがあると言いました。好きなことだけをしているわけじゃないと言いました」
ブンちゃんは目の前に並べられているぴかぴかのリンゴを見つめながら一息で言った。
「お魚屋さんは、自分で折り合いをつける問題だと言いました」
最後にそう付け加えてブンちゃんは口を閉じた。言えば言うほど、頭がこんがらがっていくような感じがした。
果物屋さんのお兄さんはもう一度こてん、と首を傾げて、
「好きなことをして、大事なひとを守れたらサイコーだよね」
と言った。
「嫌なことがあっても、好きなことだからがんばれたりするよね。嫌なことがあっても、好きなひとのためだったらがんばれたりするよね」
エプロンのポッケから手を出して、果物屋さんのお兄さんは真っ赤なリンゴをひとつ手に取った。
「そりゃあいろんなことがあるさ、生きてるんだもの。好きなことだけしていたら前に進めなくなるときもあるだろうね。だからさブンちゃん、好きなことをしているからって絶対幸せなわけでもないし、好きでないことをしているからって絶対不幸せなわけでもないんだよ」


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