ブンちゃんはお魚屋さんに近付いてにっこりした。
店頭には、たくさんのお魚が所狭しと並べられている。ブンちゃんの顔よりずっと大きくて泥のような色をしたお魚とか、ブンちゃんの爪くらい小さくて白く透き通った綺麗なお魚とかをじーっと眺めるのがブンちゃんは好きだった。そうして厳選したお魚を、アメさんのために買って帰るのだ。
「なんだか難しい顔をして歩いていたけど、どうしたんだい?」
お魚屋さんが人の良さそうな笑顔のままブンちゃんに聞いた。
「サラリーと守りたいひととの関係性について考えていたのです」
ブンちゃんの答えにお魚屋さんはきょとんとした。
「そりゃまたえらく難しいことを考えているんだねえ」
「お魚屋さんは、サラリーのためにお仕事をしているのですか?」
お魚屋さんは太くてごつごつした腕を体の前で組んで「うーん」と言った。
「もちろんそれもあるけどね。おれはこの仕事が好きだからやってるんだ」
今度はブンちゃんがきょとんとする番だった。
「好きなことだけをしていても、守りたいひとを守れるのですか?」
「んー?」
お魚屋さんはビニール袋に小さなお魚を何匹か入れながら返事をした。
「好きなことだけをしているわけじゃないさ。仕事だからね、いろんなことがある。それでも続けていられるのは、守りたいひとがいるからだよ。はいこれ、アメさんに持っていってやんな」
そう言ってお魚屋さんはブンちゃんにお魚の入ったビニール袋を差し出した。
「わあ、ありがとうございます」
ブンちゃんは大喜びだ。
「たくさん食べて、たくさん考えな。そういう大事なことっていうのは、自分で自分なりの答えを見つけるもんだ。誰かに聞いてみるのもいいが、結局は自分で折り合いをつけなきゃならない問題だからな」
ビニール袋の中のお魚を見つめていた目をお魚屋さんに戻して、ブンちゃんは「わかりました」と頷いた。
手に提げていたカゴにお魚を入れてもう一度お魚屋さんにお礼を言ってからブンちゃんは再び歩き出した。
「折り合い……。さて、どういうことなんでしょうか」
お魚屋さんの言葉は、ブンちゃんには少し難しかった。
てくてく。てくてく。
歩いていくと、少し離れた所から「ブンちゃーん」と呼ぶ声がした。
ブンちゃんが顔を上げてみると、向こうの通りに果物屋さんが見えた。お兄さんがブンちゃんに向かって大きく手を振っている。
「おはようございます、果物屋さんのお兄さん」
ブンちゃんが通りを渡って挨拶すると、果物屋さんのお兄さんはにっこり笑って女の子みたいな声で「おはよう、ブンちゃん」と言った。
「かわいいワンピースだね、お空さんとおそろいだ」


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