彼女は言葉を続ける。
「好きになれば、なるほどに。愛の言葉なんて陳腐になっていくわ」
 細く白い指で涙を拭ってから彼女はもう一度私を見つめ、口を開いた。
「……貴女もそうでしょう?」
 他の女の子達が入ってきて、開きかけた私の口はすぐに閉じられた。心臓がうるさい。彼女の足がすっと動いて、私との距離を一歩詰めた。彼女の声が耳元で響く。
「渡したく、ないの」
 卑怯だ、と思った。彼女もそれを理解していた。だからこそ最後に彼女は「ごめんなさい」と囁いて私の横を通り過ぎたのだ。だけれども私はこの宣戦布告に嫌悪感を抱かなかった。なぜなら、彼女が私を──



「──うん、そうなのごめんね。また、いずれ。皆によろしく言っておいて」
電話を切り、手に持っていた同窓会の招待状をテーブルの上に置いた。
高校の同窓会。私は欠席の旨をかつての同級生に伝えた。懐かしい友人達の顔を見たい気持ちはあったが、私は地元から離れた場所で仕事に従事していて、帰省するには時間が足りなさそうだったのだ。
しかしそんな理由がなかったとしても、私は同窓会には行かなかっただろうと思う。だってきっと、彼女が居る。
彼女とはあれから一度も言葉を交わさなかった。元通りと言えば元通り。だけれど私と彼女の間には確かに、今までとは違う関係性が構築されていた。
恋敵。
窓を開け放って外の空気を入れた。よく晴れた空だ。青く澄んでいる。私はチェストの上に置いてあるオーディオのスイッチをオンにした。明るいメロディーが流れ始める。
風の噂で、彼女が結婚したと聞いた。相手は高校のときの副担任の教師だとか。件(くだん)の同窓会の話題はその話で持ちきりになるだろうことが簡単に予想できた。
相手の教師は当時まだ新米で、正直ぱっとしない存在だった。他の教師よりは私達と歳が近いはずなのに何故だかそれをまったく感じさせないひとだった。妙に落ち着いた立ち姿と、退屈な授業の中に無駄な豆知識を織り込んでみたりする変な余裕はまるでベテラン教師の風格だった。そのせいで私を含めた生徒の大半が彼を三十台半ばだと思っていた。実際はまだ二十台半ばで、予想より十も違っていたのだが。
特段、秀でた魅力もないように見える彼と、どうして彼女は結婚したのか。──私には分かる。
彼は、まっすぐに目を合わせるひとだった。丁寧に名前を呼ぶひとだった。雪の降った日の早朝みたいな静けさで黒板の前に立って、節くれ立った指で美しい字を書いた。真面目でもあったし不真面目でもあった。偶に煙草の匂いがした。何か特別な扱いをされたわけではないし誰も知らない彼の一面をみたわけでもない。それでも私と、たぶん彼女にとって、彼はまるで花のような存在だった。
しかしまさかあんな地味な男に恋をしたことで美人の同級生と恋敵になるなんて夢にも思わなかったわけだが。結果として、私は敗れた。彼女は恋を成就させた。
(だからきっと)
オーディオからは軽快なテンポのギターに合わせて「愛してる」だなんて陳腐な言葉が流れていた。
私はゴミ箱の上で、同窓会の招待状を破った。窓から見える空は青く澄んでいる。
「……元気かな」
彼女は今でも、ラヴ・ソングは聴かないのだろう。





おわり



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