仕事が終わり家に帰り着いた頃には、時計の針は既に日付を超える五分前を指していた。ヘトヘトになった体を引き摺るように浴室へと直行しシャワーの栓をカラカラと捻る。頭からおもいきり浴びた熱湯と共にはぁ、と溜息を落とし栓をきゅっと捻るとどぽんと湯船に浸かった。幾分か疲れがとれたような気がして意味もなく、あーーーと声を出しながらずるずると湯船に潜ると気泡がぶくぶくと音を立てた。

ザバッと湯船から顔を出し湯気で視界の悪い天井を見上げながら、胸のモヤモヤを整理するように原因であるあのハゲ(上司)について考える。
どうしてああ毎日毎日他人に向かって罵詈雑言を浴びせられるのか、全くもって理解できない。挙げ句の果てに今日なんて私に仕事を押し付けて帰りやがったのだ。別に残業をすることに文句はない。ただあのハゲの尻拭いで残業というのが腹が立つ。
結局、整理もなにも自分の中で不満を言い散らかすだけに終わった思考に、のぼせる前に上がろうと浴室を出、寝室へと向かう。唯一の救いは明日が休みで何も予定がないことだ。思う存分睡眠をとったら買い物に行こう。やはりストレス発散には買い物が一番だ。そうと決まれば早く寝ようとガバリと布団をめくった時だった。

「や、お疲れさま。」

そこには私のベッドに丸まるイルミがいた。

「…………なに、してるの。」
「名前が寝る時に冷えてるといけないからね、暖めておいたよ。」
「いや、そうじゃなくて」

平然と私に返事をするこの男は彼氏でもなければ親しい友人などでもない。だが最近、やたらめったら理由をつけてはうちに不法侵入してくる男だ。

「ねぇ、どうやってうちに入ったのよ。」
「それは企業秘密だからね、いくら名前でも言えないよ。」

なにが企業秘密だ。他人の家に勝手に入る企業なんてあるわけないだろうが。
心の中で悪態をつきながらイルミを引き摺り下ろそうと引っ張るけどビクともしない。岩かよ。

「それより、毎日こんなに帰りが遅いの?」
「まあね。」
「へぇ、仕事できないんだ。」
「は?」
「え?仕事できないからこんな遅くまでやってるんでしょ?」
「失礼な!違うわよ!」

その発言に怒り心頭な私は、自分の上司がいかにポンコツかということを切々と語り、微動だにせず話を聞くイルミに段々と「こいつ、私の話聞いてんのかな」と疑い始めた時だった。

「そんなに嫌いなら俺が殺してあげようか?」
「は?」

本日二度目の、は?である。イルミの話はいつだって唐突だ。

「まぁ一般人相手だし特別に1000万ジェニーでやってあげるよ。」
「いやいやいや!ちょっと待って!何言ってんの?っていうか1000万ジェニーとかそんな大金もってないし!」
「え?1000万ジェニーもないの?名前って貧乏なんだね。」

イルミは憐れむような目で私を見てくるけど、え?なに?一般的に1000万ジェニーってそんなにポンって出せるもんなの?そりゃ自分がお金持ちだなんて思ってないけど、他人に憐れまれるほど貧乏だったとは…。

「まぁ1000万ジェニー貯めたらいつでも言ってよ。一般人くらい片手間でできるしね。」
「いや別に殺したいわけじゃ」
「そうなの?」
「そりゃそうでしょ!いくら嫌いでもそんなこと思わないわよ!」
「へー、変わってるね。」

変わってる!?私が!?いやいやいや、変わってるのはお前だよ!
と言いたいのをぐっと飲み込む。

「大体、冗談でも殺すなんて言うのよくないと思う。」
「え?冗談じゃないけど。」
「あーもうはいはい。分かったから退いてよ。私明日は用事あるんだから。」
「用事?なんの?」
「別になんだっていいでしょ。いいから退いて。」
「教えてくれるまで退かない。」
「はぁっ!?ちょっと、退いてくれなきゃ寝られないじゃない!」
「知らない。」

なんてわがままな奴!きっと一人っ子で甘やかされて育ってきたに違いない。くそっ。

「別にただ買い物に行くだけよ!ほら、退いて!」
「一人で?」
「そうよ一人よ!悪い!?」
「ふぅん。」

一向に退く気配のないイルミに格闘していると、突然真一文字に結んでいた口をイルミは綺麗な三日月へ歪ませた。

「じゃぁ俺が一緒に行ってあげるよ。」
「は?」
「一人ぼっちで可哀想だからね。」
「いや、ちょっと何言って」
「そうと決まったら早く寝なくちゃね。」

急に一人でベラベラ喋り始めたかと思えば、引き摺り下ろそうとしていた私の腕をぐいっと引き、私はイルミの上へと倒れ込んだ。

「大胆だね。」
「自分が引っ張ったんじゃない!もうっいいから早く退いてよ!」
「え?一緒に寝ようよ。」
「!!?」

突然何を言いだすんだ、この男は。

「あのですね、イルミさん。私達赤の他人ですよね。赤の他人の男女が一つの布団で一緒に寝るっていうのは問題があると思うんですよ。」
「どうして?」
「どうしてって、いやほら、その」
「どうせ明日一緒に出かけるんだから、このまま一緒にいた方が手っ取り早いと思うんだけど。」
「私一緒に行くなんて了承した覚えないんだけど。」
「別にいいじゃん。一人も二人も変わらないよ。」

変わらないんなら一人で行かせてほしい、と思いながら元々ヘトヘトになって帰ってきていた私は体力の限界な上に、リズムよくポンポンと背中を叩くイルミの手に瞼が徐々に下がってくる。私の貞操の危機だというのに。

「一緒になんて、寝ない、からね」
「はいはい」
「ちゃんと、自分の家に……」

帰ってよ!とギャンギャン喚く私に根を上げたのか、イルミはめそめそと自分の家に帰っていった。私は「あー、これで漸く安眠できる」とぬくぬくとした布団に包まれて「暖めてくれただけあって暖かいな」とほんのちょっぴりイルミに感謝しながら、なんだかいつもよりゴツゴツとした布団に身を寄せ眠りについたのだった。

「おやすみ、名前。」



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