「そう、ですか。」

私は雨女だ。
私が楽しみにしている日は決まって雨が降り、憂鬱な日は決まって快晴だった。

今日は、どんよりとした曇り空だった。




「結局、いくら強くなったところで病には敵わないのね。」

あの日、私は医者に余命を宣告された。
なんとなく受けた検診。異常など微塵も感じていなかった私は、軽い気持ちで検診結果を聞きに行った。
余命を宣告された途端、それまでなんともなかった私の体は、魔法をかけられたかのようにあれよあれよと不調をきたし、今ではもう指先一つ動かせない。動くのは、目と口だけ。

「イルミが黙ってる時は、大抵ろくな事を考えてないわ。」
「そう?」

宣告から1年と経たない内に寝たきりになった私を、イルミは様々な医者に診せてくれた。
結果は、全て同じだった。それでもイルミは私を治そうとありとあらゆる手を使った。(それはもう本当にありとあらゆる手、血を見ることだってあったけど、彼ならそのくらいやってしまうだろうと思っていた。)
そんなイルミを見て、ああ私、一応愛されていたのね、なんて不謹慎にも感じてしまったのを覚えている。

「何を考えているか当てましょうか?」
「………。」

視界の端に綺麗な黒髪を捉える。

「私に、針を刺そうと思ってるでしょう?」

表情一つ変えないイルミ。流石、訓練されているだけある。
でも、長い沈黙は“肯定”だ。

「ねぇ、それだけはやめて。」
「どうして?」
「どうしても。」

イルミの眉間に皺が寄る。
彼は本来、表情は豊かな方だと私は思う。

「針を刺せば今までみたいに動ける。何も問題ないだろ。」
「大ありだわ。」

被せるように返した私に、イルミはキョトンとした。
ほら、やっぱり表情豊かだ。

「何が、問題なの。」
「針を刺されたら、私の意思は無くなるもの。」
「でも今までみたいに一緒にいられる。」

今度はイルミが私に被せるように返答する。

「動いたとしてもそれは私じゃない。今私は、イルミに触れたくても自分から触れられない。イルミが抱き締めてくれても抱き締め返せない。それなのに、私じゃない私が、イルミに触れて、イルミを抱き締めるなんて、私、絶対に許せない。そんなことになったら私、自分を呪い殺すわ。」
「……じゃぁ、俺は」

淡々と話す私に、イルミがぽつりと言葉を漏らす。

「俺は、どうしたらいいの?」

私の目に映るイルミは、平常通りだ。
それなのに、何故だろう。今のイルミを見ていると、胸がぎゅっと詰まる。

「名前にしてあげられることがもう分からない。」

ぼすっ、と私に倒れ込んだイルミの黒髪が顔にかかる。

「俺は名前がいなくなったら、どうしたらいいの?」

普段から死を身近に扱っている男が、私の死を、私なんかの死を恐れている。
その驚きと共に、なんとも言い難い感情が、私の体にじわりじわりと侵食していった。
私はイルミのことをこれっぽっちも分かっていなかったのだ。

「イルミ」
「ねぇ、いかないでよ。」

無機質な病室に降り注ぐ日差しは目に痛いほどで、私はこの時、初めて「死にたくない」と心から思った。


雨女とイルミ
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