熱をありったけ孕んだ白竜の唇に比べると、シュウのそれはまるで温度というものを感じさせなかった。それでも何度も何度も重ねあわせているうちに白竜の熱は少しずつシュウへ流れ込み、シュウを内側からあたためていく。キスをすると、セックスをすると、……白竜と一緒にいると、いのちを分け与えられているような錯覚をおこして、シュウはその度に人としてのかたちを取り戻した。白竜がいのちを吹き込んでくれるおかげで、シュウは何回も生まれなおした。シュウの輪廻は、白竜の腕の中で行われる。ただ白竜はそれをしらない。いとおしさからくる衝動でシュウをこの世に繋ぎ止めていることを、知らない。
ふたりきりのときに見せる白竜の、ほんの少し優しく緩んだまなじりが好きだ。自分に触れるときだけ余裕のない手つきが好きだ。傷の残らないこの身体をこころの底から案じてくれる、白竜が好きだ。誰よりも白竜を思って、白竜を見つめてきたシュウは、気が付き始めていた。日に日に白竜の体力が衰えていって、あまり長く息が続かなくなって、うまく生きていけなくなり始めた理由を、知っていた。自分が白竜のいのちを吸いとっている。いのちだって無限であるわけがないのに、そのことを一番自分がわかっている筈なのに。シュウは泣いた。この涙も白竜から奪いとったものだった。もう、白竜に触れることは許されない。あいしているから、許されない。明日きっとすべて終わる。試合に勝っても負けても、シュウはそれから白竜の前に二度と姿をあらわさないと決めていた。白竜を思って夜を越す。ひとりきりの夜の闇が、人としてあることに限界を迎え始めたシュウの身体を冷たく刺した。
「シュウ、どこにいる、シュウ」
陽が傾き始めて、森の中はいよいよ静寂に息づこうとしていた。フェリーにはもうほとんど人が揃っていて、あとはシュウひとりだけが足りなかった。彼が奔放で気ままで、そのくせに人一倍寂しがりなのを白竜は知っている。よく練習を抜け出して森へ入ってはそのまま帰ってこないということが数えきれないほどあって、そしてそんなシュウを見つけ出して連れ帰るのはいつも白竜の役目だった。決まってあの石像の隣に膝を抱えて踞っていたシュウは、白竜の姿を見るなり泣きそうな顔をするものだから、白竜は怒りよりも先につい身体が動いて抱き締めてしまうのだ。あまり気のきいたことを言えない白竜は、自分の気持ちをシュウを抱き締める両の手に込めていた。おまえの帰る場所がおれであれば良いと、ずっとずっと思っていた。
視界が開けて、大きな木が白竜を出迎える。その根元にある石像の隣に、シュウはいた。相変わらず膝を抱えて小さく丸まって、その姿は頼りない。
「シュウ、」
「来ないで」
顔も上げずにシュウは拒絶した。
「来ないで、そこから一歩だってこっちに来たら、許さない」
「おまえこの間からどこかおかしいぞ、なにがあった、おれには言えないのか」
「来ないでってば!」
ずかずかとシュウのテリトリーに足を踏み入れて、細く折れそうな腕をとった。とたんに顔色の変わったシュウはなんとか白竜から離れようともがくけれど、かなわない。またあの感覚がする。白竜からいのちを奪い取る、感覚がする。
「やめて、離してお願いだから、このままだときみが死んでしまう、そんなのはいやだ、いや……」
力なく首を振るシュウの、もう片方の手もとった。もうなにもシュウを隠すことはできない。暴かれる。白竜の赤い瞳のもとに、すべて晒される。
「ぼく、ぼくはきみとは違う、人じゃないんだよ、もうここにはいられない、いかなきゃ、」
わななくシュウの唇に、白竜が食らいついた。白竜からいのちを奪っていくのは確かにシュウの筈なのに、なのに、なにもかも貪りつくされるようなキスをされて、白竜にさらわれていく。いのちの代償とでもいうかのように、シュウのこころが白竜のものになっていく。いかなきゃ、いかなきゃ駄目なのに、どうしよう、どうしたらいいんだろう。シュウは自分が呪われた子どもであることを知っている。この恋が望みのないことだとも知っている。けれど欲しがらずにはいられない。目の前のこの男を、たったひとり自分のものにしたくてたまらない。
言葉こそ足りないが、それでも白竜の仕草のひとつひとつが、信じられないくらいシュウを幸福にしてしまう。白竜の腕の中に、シュウは帰る。背中にまわされる体温で、またシュウは人間になっていく。白竜と同じものになっていく。
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