あれだけ泣き叫んで暴れて噛みついて、徹底的に僕を拒み続けた雪村だけど、とうとう疲れに負けたその体の拠り所として僕を選んだのは、まだ期待をしていても良いということだろうか。腕の中の雪村は長い睫毛を伏せて、眠ってしまっているみたいだった。うっすら浮かぶ隈とか、僕の知らない痣とか怪我とかで、記憶よりも随分と痩せほそってしまったぼろぼろの君を掻き抱く。僕のせいだ。雪村を壊れる寸前まで追い詰めたのは、僕だった。

雪村は、僕を愛していると言った。寒さに色を失った唇から発せられる、粉雪と一緒に消え入ってしまいそうな小さな小さな声は、けれどしっかりと僕の耳に届いてしまったのだ。許されないことだった。そういう確かな予感があった。僕にはこの子を汚し尽くせるだけの要素をいくつも持ち合わせている。雪村はきっと、駄目になってしまうだろう。なのに、すがりついてくる手を振り払うことはどうしても出来なかった。僕だって雪村が欲しかった。そうしてふたりの過ちは、僕が白恋を去るまで続く。毎日、毎晩、続く。雪村が「先輩無しでは生きていけない」と、悲痛な表情で僕に訴えるようになるには、十分すぎる時間だったように思う。後悔するには遅すぎた。離れなければ。そうでなくたって、距離を置かなければ。僕以外を視界にすら入れようとしない雪村を想像するだけで、ぞっとした。僕は自覚する。雪村の執着は想像していたよりもずっと重く、いつか足枷になって、ふたりもろとも動けなくなる。雪村が僕を裏切り者だと糾弾するのは正しい。つまりのところ、僕は逃げだしたのだ。

ありったけの力で噛みつかれた左腕に、血が滲んでいる。口に含んで傷を舌で抉れば、そこでようやく鈍痛を知った。それでもきっと、雪村が味わった傷みには到底遠い。
「これからは、ずっと一緒にいるから、ずっと、一番近くで君を見ているから」
雪村の白い首筋に顔を埋める。この感触を、匂いを、僕はやっぱり君を諦められなかった。
「……嬉しいです」
いつの間に目を覚ましていたのか、寝起きにしてはやけにはっきりとした声音でそう呟いて、雪村は僕の首の後ろへ手をまわす。そのまま引き寄せられて、吐息がふれあうほど近くで見た君は、さっきまでの癇癪がまるで嘘みたいに柔らかく微笑んでいた。
「嬉しいです、先輩……」
もみくちゃになりながらふたり飛び込んだソファが高く軋む。雪村が激情に任せて当たり散らしたクッションはところどころ解れていたみたいで、その衝撃で吹き出した中身の羽毛がフローリングへ雪のようにゆっくりと降り積もった。僕に馬乗りになって笑う雪村は、およそ中学生とは思えないくらい、それはそれはふしだらだった。君をこんなにした責任はちゃんと取るよ。もう逃げない。だって僕は君を愛している。

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