思えば随分と前から終末理論というものはあちこちで振りかざされてきたけれど、いざ本当にそんな日が来てしまうなんて、いったい誰が予想していただろう。平日にしてはやけに静かな朝だと、いつの間にか止まっていた目覚まし時計を手に取ったままぼうっとしていたおれの頭が、ゆっくりとした覚醒と一緒にまるで当たり前のように理解した。そうだった、今日で世界は終わってしまうんだ、って。瞳子ねえさんはお日さま園の子どもをひとりずつ抱き締めて、最後の一日は自分の好きなようにしなさいと言ってくれた。本当に静かな朝だった。まず鳥を始めとした生き物の声が聞こえてこない。テレビやラジオをつけてもノイズばかりでつまらない。外へ出てみたら交通網はとっくに死んでいて、みんな世界の終わりをあるがまま受け入れようとしていた。好きなようにしなさいといきなり手を離されても困る。しばらく考えたあと、ポケットの中からおもむろに携帯を取り出して、ひとつひとつ確かめるようにゆっくりとボタンを押していく。世界が終わる最後の瞬間に、きみといれたらきっと幸せな気持ちで死ねるんじゃないかって、そう思ったから。

電話で呼び出してからほんの数分したあとに、天馬くんは大きな毛布を両手いっぱいに抱えて現れた。そんなもので世界を終わらせられるくらいの寒さを防げるとは到底思えなかったけれど、きみが「狩屋と一緒にくるまればもっとあったかくなるから大丈夫」って真っ赤な頬をして笑うから、なにが大丈夫なんだって悪態をつきながらも、重そうなそれをふたりでわけあって持ち運んだ。いくら待ったって電車もバスも、もう永遠に来ないことを知っているから、学校までは歩きでいく。普段なら気にもとめない道端に咲いている草花が、こんなに綺麗だと思える日が来るなんて信じられなかった。

ようやく目的地に着いたとき、とっくに太陽は沈み始めていた。鍵は全部取り払われていたから、入るのに苦労はしなかった。屋上にはおれたち意外誰もいない。冷たい風に容赦なしに吹き付けられて、天馬くんが小さく鼻をすすった。広い広い場所の、贅沢にもど真ん中にふたり肩を並べて座り込んで、毛布をわけあってすがる。ふたり一緒にくるまればもっとあったかくなるって、本当だったんだ。ふいに見上げた空は真っ黒だった。星も消え去った、底の知れない暗い闇しかなかった。終わりがくる。とうとう、終わりの夜がくる。
「……おれ、心のどこかでこのときがくるのずっと待ってた気がする、みんなみんな終わってしまえって、ずっと、ずうっと」
家族のかたちがちぎれてばらばらになったあのときから願い続けてきたことが、きみを失うというおれにとって最悪の結末を用意して、ようやく叶おうとしていた。
「でも、やっぱり嫌だ、死ぬのは嫌だ、もっときみと一緒にいたかった、もっと早くきみと出会ってたら、もしかしたら世界は終わらなかったかもしれないのに」
今さらなにかに両手を合わせてみたって、間に合わない。どうしても、きみとふたりで生きたかったのになあ。
天馬くんは黙ったまま睫毛を何度か瞬かせて、俯くおれの目蓋に唇を落とす。冷たい口付け。こんなものは知らない。知りたくなかった。きみの唇はもっとずっと、あたたかいはずだった。
「狩屋、見て、おれのこと見て」
のろのろと顔を上げるのと同時に、ふたつの唇が重なる。離れてはまた押し付けられる、覚えたての拙いキス。溢れた吐息が白い靄になって、視界がいっぱいになる。
「おれ、最後の最後に、狩屋と一緒にいれて、よかったよ」
「天馬くん」
「よかった……」
少しずつ濃くなっていく夜と反比例して、おれたちの体温が下がっていく。泣き笑いのような表情を浮かべて目を閉じるきみと、もう一度だけ、なにもかも溶かし尽くしてくれる朝日を見たいと、心の底から思った。こんなところで終わりたくなんかなかった。

respect:世界が終わる夜に


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