※猟奇描写注意
そのとき松風の異変に真っ先に気付いたのは剣城だった。青い顔をして口元を押さえる小さな背中を擦ってやろうと伸ばした指先が肩の辺りを掠めた瞬間、とうとう松風が泣き出した。そこに触らないでと叫んで、練習中にも関わらずわあわあと泣き出した。普段の松風からは考えつかないような癇癪じみた仕草が剣城を拒絶した。振り払われた掌が赤く腫れる。剣城は小さく舌打ちをして、なにかの痛みに震える松風を地面から持ち上げた。
「痛い、痛いよ、剣城、背中痛いよ……」
「大丈夫、大丈夫だから」
ふたりを取り囲む人の輪の中で一際心配そうに松風を見つめる神童に保健室へ連れていく旨だけを伝えてグラウンドを後にする。ただ歩くだけでも振動が背に響いて激痛が走るらしく、剣城は途中からは松風を抱き上げていた。剣城のユニフォームを強く握り締める松風の手の甲が白い。浮き彫りになった血管がまだ正常に脈打つことに、剣城は酷く安堵している。
保健室に人の影はないようだった。誰か呼んでこようとベッドへうつ伏せに下ろした松風をそのままに歩き出そうとした剣城は、すすり泣く声に後ろ髪を引かれた。ひとりきりにしないでと、悲鳴の合間に途切れ途切れにそう言った松風を置いていけるわけがない。
丸まった松風の背中に、じんわりと浮かび始める赤い色を見て、剣城の表情が変わった。
「脱がすぞ」
血で貼り付いたユニフォームをゆっくりと捲りあげていく。肩甲骨の辺りまで進めたところで、剣城は手を止めた。赤い粘膜に濡れた翼にも似たそれは、確かに松風の背中から芽を出している。静かな静かなこの部屋に、松風の泣き声と自分の荒い呼吸とだけがやけに大きく聞こえる。
(なんだこれ、あり得ねえ、だってこんなの、人間から生えてくるもんじゃねえ)
血に濡れた指で芽に軽く触れる。とくとくと小さく心臓の音を刻んでいる。生きているのだ。松風の背で、この翼は生きている。
「……つるぎ、おれの背中、どうなってる?」
「松風」
「?、剣城、」
「ごめん」
本人の意思と関係なく、なにかの気紛れで自分と違う生き物になっていく松風を、剣城は見過ごすことが出来なかった。こんなものがあったら、きっと松風は剣城のもとへ戻って来れなくなるのだ。
「ごめんな」
おまえをおれに繋ぎ止めておくことをどうか許して。
そうして柔らかそうな羽毛の連なる根本へ、鋭い歯を突き立てる。