これの続き
期待に胸を寄せて炊飯器のボタンを押せば、蓋が開く軽快な音と一緒に白米が炊けた良い匂いがする。つやつやと光沢のある表面をしゃもじでゆっくり優しくかき混ぜて慎重に茶碗へよそったら完璧だ。二つ並んだほかほかのご飯を見つめる天馬の頬が喜びに持ち上がる。
「なに朝からにやにやしてんだよ気色悪い」
「あ、おはよう京介、だってちゃんとご飯が炊けたの初めてだったから、嬉しくて」
「今日は雪でも降るんじゃねえの」
ぼさぼさの髪を掻きながら椅子に座った京介へ舌を出して、天馬はガスコンロに火をつける。みそ汁を温め直している間に、冷蔵庫の隣の棚を開けた。少し高い位置に置いてある食器へ思いきり手を伸ばすも、どうしたって届かない。悔しそうに跳び跳ねてみせる天馬を見かねた京介が望み通りのものを抜き出し、小さな掌に乗せてやった。心底嬉しそうに笑うそんな表情を向けられては、京介はぶっきらぼうに視線を逸らすことしか出来なくなるのだ。こいつのこういうところがいつまでたっても慣れないと京介は自覚している。
「いただきます」
「おあがりなさい」
味の薄いみそ汁と、やっと見れたまともな白米、切った沢庵は形がいびつで、卵焼きにはいつも殻が混じっている。とてもまともな食卓とは言い切れなかったけれど、箸を持つと嫌でも目につく絆創膏まみれの天馬の指がいとおしくていとおしくて、不満なんてなにもなかった。ご飯は上手に炊けたのになあと眉を下げる天馬に次頑張ればいいだろと告げる口の中も卵の殻の切り傷でいっぱいだ。そっと舌でなぞってみれば、なんだか背筋がぞくりと粟立つ。不器用なくせに一生懸命頑張る天馬はかわいい。そう、おれのために。
「あの、」
「なに」
「今日も、どこにも行っちゃ、だめ?」
「だめだ」
「……そっか」
「もう時間だから、行ってくる」
「あ、んと、キャプテンやみんなによろしく伝えといてね、いってらっしゃい」
京介が出ていった玄関の鍵を閉めて、台所に戻る。ご飯つぶひとつ残っていない京介の茶碗を洗いながら、天馬は夕食の献立を考えている。ふたりだけの、ふたりだけの生活。胸を張って幸せだと思えないことが不思議で、首を傾げた。
thanks:変身
きみにだけやさしくしてあげる