「海に行ってみたい」
ぽつりとキャプテンが言った。おれはそんな言葉よりもあなたが日誌へ滑らせているシャープペンシルの芯が折れて床にぽろぽろ落ちていくのが気がかりだった。部室にふたりきりというのはなんだか少し息苦しくて、窓だって開いているのに変だと思う。芯がまた折れて、それをあなたが踏みつけて、リノリウムが黒ずんでいく。
「海なら沖縄が一番きれいです、今の季節だったら、特に」
「おまえの生まれたところ……」
「はい、砂浜を裸足で歩くと気持ちいいんですよ、たまに大きな波が来て、さらさらって足下をくすぐっていくんです」
カゴの中にあるボールを数えながら、懐かしいあの場所の記憶へ浸る。どこまでも澄みわたる空と、海と、砂浜を歩くおれとつなぐ手のその先、父さんと、母さん。天馬と優しく呼んでくれる声を思い出して、途中まで覚えていた筈の数がどこか飛んでいってしまった。おれの手が止まったことをいぶかしんだキャプテンが椅子から勢いよく立ち上がる。その衝撃で日誌やペン諸々が落ちるのも構わず、早足で駆け寄ってきては、おれの掌にすがった。
「どこにも、いかないで、くれ」
「海に行ってみたいって言ったのはキャプテンじゃないですか」
「ちがう、てんまと一緒に行きたいんだ、おまえが喜ぶと思って、だけどそれで沖縄に帰りたくなってしまったら、そんなの意味がない」
「キャプテン」
「ちがう、ちがう……」
「たくとさん」
キャプテンの頬に添えられたおれの掌にぽろぽろ涙が落ちる。透き通ったなまあたたかい滴に、小さな海を見た気がした。
「誓ってくれ、ずっとおれの傍にいるって、誓ってくれよ……」
喉の奥からようやく絞り出したような声だった。そんなことは誓えない。誓えないけれど、いいえと首を横に振ったが最後、この人がどうにかなってしまいそうで怖くて、ただただ濡れる頬を両の手でつつむことしかできないのだ。
thanks:臍
脊椎が群青のきみを知るまで