何の前触れもなく書の類いを腕で払いのけ勢いよく障子を開け放った政宗は手入れをしていた銃から顔を上げ呆気に取られる孫市を視界に入れることなく裸足のまま庭へ降り立った。昨晩の酷い雨でぬかるむ地面をもろともせず泥まみれに捨て置かれた紅葉を拾い上げた政宗の横顔と同じものを、孫市は今から少し遡った夏のある日に見ていた。政宗は紅葉の泥を払ってやらない。掌の上に乗せて、ただただ眺めているだけだ。
「それ、あいつと似てるな、汚れてた方がずっと綺麗だなんて」
再び細かな部品を組み立て始めた孫市の一人言にもならない小さな呟きに、政宗は掠れた声で返事をした。応と。確かに頷いた。
何度目になるか分からない、大事な人をまた目の前で失ったというのに、政宗は酷く穏やかに生を謳歌している。感覚が鈍ったわけでもなく、痛みに慣れたわけでもなく、証拠に片の瞳は未だ濁らず真っ直ぐ前を向いている。
「……なんか、やっぱお前変わったな、政宗」
「そうか」
「そうだよ、……どうするんだ、それ」
孫市が指差すそれをしばらく見やり、何を思ったのか溜池の上へ浮かべた。汚れが水に流されてあるべき形を取り戻し、政宗のもとを離れ、そうしていずれは万象を巡りどことも知れぬ生まれた彼の地へ還るのだろう。政宗の表情は今日の透き通った清々しい晴天を映したように、晴れやかだった。
「おい、いいのか」
「……もう、構わぬ、好きなようにせい、どこへなりとも行くがよいわ」
多少なりとも気を使ってくれたのか、孫市は重い腰を上げひとつ溜め息だけを残し奥へ姿を消した。庭にひとり残された政宗は空を仰ぐ。
「わしに構うな、わしに縛られるな、お前は一足先にあの世で待っておれ、なに、わしもすぐに行ってやるわ」
強い風が吹いた。次から次へと降ってくる紅葉や銀杏で埋め尽くされた視界の向こうに、懐かしい想い人の姿を見た気がした。置いていった筈の未練が形となるほど、まだ政宗はこの気持ちを割り切ることは出来なかった。
「ほんに、お前も物好きよ、なら、傍におれよ、わしはここじゃ、見えなくともよい、傍に、おれよ」
いとしきみとゆく冥土の旅路を思い政宗は笑った。持ち上がった頬を、涙が伝う。
「政宗殿、政宗殿、この幸村はいつも、いかなるときも、あなたのお傍に」