奢ってもらったジュースのストローをくわえて、夏侯覇は姜維の横を歩く。恋人なんだから当たり前だと自販機の前で笑ってみせた隣の男へ申し訳なく思いつつも、人と付き合うことで得るものや逆に失っていくものをなんとなく理解し始めている。
行き先を求めて駅の辺りをふらつく二人は何組かのカップルと擦れ違った。男の腕に甘えるようにしてじゃれつく女を見て、自分たちと比べて、あれが本来正しい形なのだと思い知らされる。恐らくは無意識なのだろうがストローはとっくに夏侯覇の噛み跡でよれよれになっていた。
「どいつもこいつも見せ付けていきやがって」
「私たちもやりましょうか?」
「いやいやいや、なんでお前が腕を差し出すの」
「見た目的に夏侯覇殿が私に甘える役かと」
「そういうのはあんま人のいないとこでやろうな」
やんわりと押し返しつつも、本当は姜維の腕に頼ってしまいたかった。少し捻った程度の筈が夏侯覇の右足首を苛む痛みは時間を置く毎に酷くなるばかりで、話があまりまともに入ってこない。
(折角デートらしいことしてるんだから、迷惑かけたくないし)
自分を除き込む姜維に笑いかけたつもりが、取り繕ったような不自然な形に表情が歪んでしまった。姜維の行動はとても早かった。大きく目を見開いたかと思えば、近くにあったベンチへ夏侯覇を無理やり座らせて、自分はどこかへ走っていってしまった。
追いかけようにも足首の激痛が邪魔をする。仕方なく夏侯覇は深く腰掛け直し、押しては引いていく痛みの波に耐えるしかなかった。
「私の想像していた以上です、貴方、馬鹿でしょう」
それからしばらくして、息を切らせて帰ってきた姜維は見知った薬局のレジ袋を下げていた。
「なんかごめんな」
「無理せず言えば良かったじゃないですか、今日は調子が悪いから付き合えないって、どうしてこんなに酷くなるまで黙ってたんですか」
「だって、お前ずっと俺のこと待っててくれたんだろ、このまま帰るだけなんて絶対勿体ないじゃん」
地面にひざまずいて夏侯覇の腫れた素足を持ち上げる姜維の手はひんやりとして気持ち良い。ごく自然にこういう仕草をやってのけるのだから、それは女子も彼に夢中になるわけだ。冷却シートを上手に剥がせないところは、なんだか意外だったけれど。
「付き合う期間って限られてるからなるべくお前と一緒にいたかったんだけど、駄目かな」
丁寧に扱われるのがくすぐったくて、夏侯覇は中身のなくなった紙パックを弄る。真剣な姜維を上から見下ろす景色は新鮮で、どこかしら気分も良い。
「そんなわけ、ないですよ」
「……そっか、良かった」
応急措置を済ませた姜維が立ち上がる。それに合わせて夏侯覇も足に力を入れるのだけれど、まだ思うように動かすことが出来ずにいる。
「やっぱり腕組みましょうか」
「恥ずかしいから却下」
「抱き上げられるほうが好みなんですね」
「そんなのもっと却下」
周りに人がいることをもう少し考えるべきだ。そう思っていてもやっぱり差し出された手をとってしまうのは、きっと理由を無くした気紛れに違いない。夏侯覇は何度も自分に言い聞かせた。
エキセントリックに恋してみせたい密やかで水曜日。