眉間を小突かれる。慌てて時計に目を落とす。時刻は昼休みを少しまわったくらいで、昼飯を食いっぱぐれるのだけは免れたようだ。ひりつく場所を片手で押さえながら見上げたそこに、大きな弁当箱を抱えた三娘が立っていた。

「考えごとなんて珍しいじゃん、明日は雪が降っちゃうかんじ?」

けらけら笑いながら適当に引き寄せた椅子へ音をたてて座る。頭のてっぺんで綺麗に結わえられた髪が揺れたのと同時に、甘い匂いが夏侯覇の鼻をついた。昨日すぐそばで吸い込んでいた姜維の香りとは違う、女子特有のものだ。そういえばと夏侯覇は思い出す。目の前で一生懸命鏡と向き合う三娘は確か二年の始め辺りに姜維と付き合っていた筈だ。やっぱり一週間限定で。

「なあ、お前って姜維と付き合ってたことあるよな」
「期間きっちりね、それがどうしたの?」
「いやいやいや、別に深い意味はないんだけどさ、なんか、姜維ってどんな奴なのかなって、思って」

三娘が鏡から顔を上げた。真っ直ぐに見詰められた夏侯覇は変な緊張でいつもより多く瞬きをしてしまったが、肝心の本人はまるで気が付く様子がない。

「……優しかったよ、あたしが望むことはなんだってしてくれた、ほんとに宝物を扱うみたいにね、ただ、」
「ただ?」
「いつも笑ってたけど、やっぱりどこか偽物っぽかった、自分からは何もしない、相手に合わせてるだけ、愛に無感情っていうか、その後で関索と付き合い始めて、改めてそれがおかしかったって気付かされたもん」

そこまで話してから三娘は教室の入り口を見るなり勢いよく立ち上がった。話をすればなんとやらで、両手に飲み物を抱えた関索が歩いてくる途中だった。

「関索おっかえりー!もうあたしお腹ぺこぺこだよ、早く食べよ!」
「待たせてすまないね、三娘はいつものミルクティーで、あ、夏侯覇はカフェオレで良かったかな」

席に座ると当たり前のように三娘を膝の上に乗せた関索が差し出してくれる紙パックを受けとった。相変わらず周囲の目を気にしないバカップル具合に夏侯覇は自然と苦笑いが浮かぶ。慣れているつもりでいたのだけれど、とんでもない。今だってお互い弁当を食べさせ合っている二人を見ていると一旦胃に入ったものが砂として逆流しそうだった。この二人のように目に見えるほどの愛を振り撒く恋人同士もいれば、片や期間を定めたその中で義務に似た愛を捧げる恋人たちだっている。夏侯覇には愛がよく分からない。家族や友人に対する好きとは違うその感情を、夏侯覇はまだ知らない。



放課後、自分を迎えに来た姜維の手をとった。誰も見ていないことを念入りに確認して、強く強く握り締める。

「もしかして俺たちって今付き合ってたりする?」
「何を今さら」
「男同士なのに?」
「私は別にそういうの気にしませんよ」
「あ、そ」

嫌悪感は微塵も無かった。これから先数日はこの綺麗な顔がすぐ傍にあるものだと思うと、少し嬉しく思えたりした。
愛を知らないこの手と愛を抱けないその手と繋いだ瞬間始まる火曜日。

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