※現代パロディ
大層な家柄の割に随分と嗜好が庶民的だ。学校帰りにコンビニへ向かう司馬師はいつも心なしか早足である。大きめのマフラーから覗く鼻は赤、洩れる息は白、鮮やかに色付いた美しい年頃の少女の後をつける鍾会は、端からどう見ても不審者そのものだった。正確には彼女の父から頼まれたボディーガードだが、そういう類を嫌がる本人にはまだ何も話してはいない。
紺のセーラー服の裾が翻る。駆け込んだコンビニのレジ横にある肉まんの棚とのにらみ合いはしばらく続きそうだ。鍾会は物陰に隠れてじっとその様子を眺めていた。
(よくもまあ毎日毎日飽きないことで)
司馬師は寄り道が好きで、知らないような場所にだって自分から進んであちこち入りこんでいく。そういう意味ではまだ常識のある遊び人の弟よりも性質が悪かった。鍾会も必然的に遅くまで振り回される羽目になる。出世の為とはいえあまりに割に合わない仕事だと、疲れきった頭で思う。そうだ、疲れきっていたから背後に迫るものに気が付かなかったのだ。
鍾会の肩を叩く手があった。嫌な予感に後ろを振り向けば、見かけだけ人の良さそうな笑みを浮かべた男が立っている。何よりも鍾会が恐れていた事態が足音も立てずにやって来た。警察だった。
「ついさっき通報を受けて来たんだけど、この辺りでいつも彷徨いてる不審者ってあんた?」
「な、何を失礼な!私は不審者などではない、鍾士季という立派な名を持った選ばれし者だ!」
「じゃあ取り敢えず交番まで来てもらおうか」
「おい、人の話を聞け!」
こんな不祥事が上に知られたらどうなるか。解雇、の二文字が鍾会の脳裏を巡る。これでは出世云々の話ではない。逃げ出そうにも近くに停めてあったパトカーから出てきたもう一人の警官の存在が絶望的だ。鍾会は腹を括った。
「士季、何をしている」
伏せていた目蓋を開ければ、大人たち相手に堂々と仁王立つ少女の姿がある。その背に後光が見えたのは果たして目の錯覚だろうか。
「お嬢さん、彼は貴女の連れの方ですか」
「そうだ、私が買い物を済ませてくる間ここで待ってもらっていた、そうだろう士季」
「え、ええ……」
「話はそれで終わりか、ならば私たちは行くぞ」
少女は肉まんを抱えたのと反対の手で呆然とする鍾会を引っ張った。その堂々たる風格はまさしく司馬の血をひいているに他ならず、守るべき少女に助けられたこと、鍾会は久しく忘れていた悔恨の情を思い起こしていた。
「見かけ通りの美しい名をしているのだな、鍾士季、ずっとお前の名前を知りたかった」
「……どういうことです」
「凡愚め、気付かれていないとでも思っていたか、毎日私を見ていただろう」
不意に少女が立ち止まる。袋の中からおもむろに取り出された肉まんは温かそうな湯気を放っていた。
「生憎たったひとつしか置いていなくてな、半分ずつにしてやろう」
「私は別に、」
「お前の腹の虫は随分と正直者のようだが」
小さく笑った司馬師の表情は同年代の女子とさほど変わらない。歳相応の彼女は親に干渉されることを厭う、ただの子どもでしかなかった。
腹を押さえて真っ赤になる鍾会の両頬を司馬師の掌が包む。
「連れていかれそうになったお前があんまりに可哀想だったから、つい声をかけてしまった、士季、男のくせに可愛らしいお前が気に入ったぞ、今度からは直ぐ傍で私を見張っていると良い」
そのまま口に押し込められた片割れの肉まんは想像通り安っぽい味だったが、どうにも嫌いになれそうにはないことを鍾会はやっと認め始めていた。