(さよならにも満たない言葉を引っ提げやって来た貴方の表情忘れはしないあれは冬の日)

春、夏に続いてとうとう秋までも趙雲ひとりを残して静かに終わっていった。僅かにまだ息を保つあの男の名残を抱きながら生きてゆくのにも、限界の兆しを感じ始めている。窓から覗いた庭に積もる雪の、何者にも汚されていない白さが、誰も訪れていないという証が、趙雲を心の底から落胆させた。思考の女々しさに肌を掻きむしりたくなる衝動を覚えるも、偏にそうさせないのはあの男が宣ってみせたおべんちゃらをどこか本気にしている自分がいるからだ。理由もなく戯れに趙雲の身体に触れては憎たらしいくらい秀麗な唇で美しいと呟いていった、さても錦の名に相応しい男の思い出は今や汚濁まみれの過去としてこの薄暗い部屋の片隅に横たわる。趙雲は疲れ果てていた。いくら夢の中の男がいとおしくとも、こんなものが一体自分になにをしてくれよう。手入れを忘れたぼうぼうの黒髪が肩から落ちる。まるで絹だと、あの男が自分の物のように気に入っていた己の髪の無惨な有り様を、趙雲は生気を無くした瞳で見る。綺麗なんかじゃない。綺麗なんかじゃない。全部嘘つきだ。だって貴方は帰ってこない。

小刀を引くのと同時に散らばった黒は酷く気味が悪かった。長い長い髪に溜め込んだ孤独を切り捨てようがもう今更何にもなれないことを、趙雲は知っている。

respect:浮舟

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