「どうぞ何とかしていただけませんか」

三娘の侍女は眉を下げて困っていた。暴れる彼女に引っ掻かれたのだろう擦り傷があちこちに見える。妻が申し訳ないことをしたねと謝れば、もうとっくに慣れているのだと侍女は力なく笑った。ただ今回ばかりは特に強情で手に負えないのだとも続けた。

「そこにいたのかい、三娘」

庭にある大きな木の上が三娘のお気に入りの場所だ。生い茂る枝枝の間から覗く白い足は私を拒むように大きく揺れている。
しばらく考えてから、手頃な枝と幹へ手足を掛けた。三娘よりは上手く登れないが、それでも私だって小さい頃は兄上とこういう遊びをこなしてきた。意外となんとかなるものなのだ。

「やめてよ、こっち来ないで、関索は重いから枝折れちゃうし、怪我しても知らないからね」
「構わないさ、君と同じ景色を見てみたいんだ」
「来ないでってば」

狭く細い枝の上を器用に後ずさる彼女の腕をとった。俯いて顔を上げようとしないのに少し焦れて、慎重に伸ばした手を頬に当てた。薬の匂いが鼻をつく。それと指先に、清潔な布の感触。傷は思っていたよりも広範囲に至っているらしい。

「もうとっくに手当てして貰っていると思うけれど、傷を見せてごらん」
「……やだ」
「三娘、我が儘な所も君の美徳だが今だけは私の言うことを聞いてくれ」
「やだ、いやだ、なんで放っておいてくれないの、誰よりも一番関索に見られたくなかったのに、やだよ」

はらはらと温かい滴が私の手に落ちる。手からまた零れ落ちて、幹を伝って地面に吸い込まれた。

「関索の大切なもの全部、守りたかったのに」

激情だけを頼りに抱いた身体の細さに涙が出そうになる。私の背中をおそるおそる確かめるこんな細い指で無骨な武器を振り回して、震える足を叱咤して戦場を走り続けていたのだ。
取り乱す私を必死に掻き抱いてくれていたあの時、彼女も確かに叫んでいた。

「君はもう戦場に出るべきじゃない」

弾かれるように顔を上げた三娘の痛々しい治療の跡をまともに見ることが出来なかった。

「どう、して」
「これからきっと戦はますます激しくなる、君の力じゃ到底相手に叶うものか」
「二人で強くなろうって言ったじゃん!」
「三娘、君は女性だ、それは無理なんだ」

彼女は力の限り私の胸を叩いていたが、やがて涙も気持ちも枯れ果てよう。罵られたって構わない。最後の最後に残った私の愛する人を、私は守り通さなければならない。三娘までも失くしたその瞬間、私は私の生きてきた道を全部否定され尽くしてしまうのだ。

葉と葉が擦れ合う音が聞こえる。心地いい音色に耳を傾けてしまいたいと思うのに、高い金属音だけがいつまでもいつまでも鼓膜に焼き付いている。父上と兄上が散った、あの城で聞いたものだ。

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