乾いた音の咳が遂には重々しいそれへと変わった瞬間やっと月英は隣に眠っていた筈の夫を向いた。苦しそうに病に喘ぐ諸葛亮の姿を見る月英の二対の瞳は濃い暗闇の中でやけに爛々と光っている。早く枕元に置いてある薬と水差しを差しださなければいけないと思う気持ちと反して月英は身動きひとつ出来なかった。
夫が自分に与えてくれる言葉すべてを信じきることが難しくなってしまったのは、やはりこの男がどこか普通の人間とはかけ離れていることをありありと実感させられたからだ。誰よりもずっと先を見据える眼は、才有ると謳われた月英でさえも到底考え知るに至らない。
諸葛亮に相応しい妻になる。それは想像を遥かに越えた重みとなって、いつだって月英のその細い肩を地に押し付けようとする。

「月英……?そこにいるのですか」
「はい、公明様」

諸葛亮の声でやっと我に返って、すぐにぜーはーと荒い呼吸を繰り返す随分と薄くなってしまった背を何度も何度も撫でさすった。苦しさに胸元を掻く指先は力が入りすぎて白ばんでいる。
諸葛亮はこうして誰かに支えてもらわなければ生きていけない身体になってしまった。

水差しを傾けながら月英は思う。日に日に弱っていく諸葛亮の横で思う。今の貴方様は人間らしくて私は好きですよと、やっと本当の意味で妻になれた気がしている。
諸葛亮の咳は止まない。

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