※学園パロディ
放課後の教室というのは誰もが出払っていて、刹那はそれが少し寂しいと思う。
開けっ放しの窓から吹き込んで来た清潔な風がカーテンを強くなびかせた。窓際の席を覆いつくしてしまいそうなベージュの波を掻き分けると、机にうつ伏せになって眠る薄っぺらい背中があった。
(珍しい)
傍にあった椅子を適当に引き寄せる。微かな音にだってきっと反応してしまうだろうから、持ちうるだけの神経を総動員させて、そっと。背もたれへ預けた腕が妙な緊張に心なしか力がこもっていた。悪いことをしているみたいだ。なのにどこか罪悪感とは別の感情がある。
鼻先が触れてしまいそうなくらい近づいてみても、ヒイロはその長い睫毛を持ち上げはしない。死んでいるのかと思うほどか細い呼吸の音は気を抜けば一瞬で大気に霧散するのだろう。
自分が使っているのと同じシャンプーとボディソープの混ざった匂いがする。昨日の夜を思い出して胸が締め付けられるような感覚に目を細めた。
ひとりきりで越えていた朝焼けの、肌を突き刺す如くの寒さを脳裏に浮かべる。心地いいとさえ感じていた筈のあの場所へ、どうしてだろう、戻りたいとは思わない。ヒイロの掌は冷たく、人並みの温かさを感じるには程遠いけれど、どうせ繋ぐならこのくらいが好みだ。
「おい、起きろ、ヒイロ・ユイ」
小さく肩を揺すぶれば、身動ぎと瞬きが返ってくる。舌足らずにも聞こえる刹那の名を呼ぶ声と、それに応える優しげな声と、ここにあるのはこれだけ。たったそれだけ。