唐突にデュオの胸から顔を上げたヒイロは、短く「帰る」とだけ言って自分を囲う腕を払い除けた。ベッドを降りた裸足のまま歩き出す。窓枠に手をかけたところでようやくデュオは慌ててヒイロの薄い背中へ覆い被さった。ほどいていた長い髪が剥き出しの肩から腕へと纏わりつく。鬱陶しいと言わんばかりに肘で小突かれて、それでも込めた力を緩めようとは思わなかった。

「なんでいきなり?」
「おまえがしつこいからだ」
「好きだって?」
「言うな、耳にタコでもできそうだ」

外はいつの間にか雨が降っていた。暗雲の垂れ込める空を見上げるヒイロの顔を抱き込むようにして覗き込んだデュオは笑う。

「雨、降ってるけど」
「そんなもの構わない、この手を離せ、邪魔だ」
「嫌だ、おまえが好きだから離さない」
「黙れ、うるさい」
「好きだよヒイロ」

びくり。腕の中の身体が震えた。ひとつひとつの言葉を緩くかぶりを振って拒絶しようとする見かけ倒しの仕草がいじらしい。ヒイロは飢えている。他人から施される愛が、優しさが、慈しみだって、本当は欲しくて欲しくて仕方がなかった。

「好き、好きだ、あいして」

いると、言いかけた唇は両の手で塞がれていた。俯いたヒイロの表情はよく見えなかったけれど、それを無理やり暴くのはなんだか許されないことのような気がしていた。

「言うな、それ以上言うな」
「ヒイロ」
「きっとオレは、帰れなくなってしまう」

いよいよ窓を打つ雨の勢いが強くなって、それはふたりの無言の時間を遮るようにずっと続いた。

ずっと続いた。



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