その空には夜が明ける合図が絶えず灯っていました。東を高く見上げます。吐く息がまっさらな煙になってぼくを何重にも取り巻きます。遠い星から聞こえる声が呼ぶのです。浅い眠りに身体を寄せていたぼくをこうして毛布の外へと誘うのです。冷たい床と同じ温度を共有する足の裏の感覚が段々と痛みに鈍くなってきたとき、だけどぼくはそこの場所から動くことが出来ませんでした。拒んでいました。本能のずっと奥の深く、ひとはこのこころだけを頼りに生きていくようつくられていたのです。窓ガラスに点々と残されていく指紋、けれど確かに指先は触れあう筈もなく、凝縮した空気の如きに阻まれます。なにかを呟く唇の動きが随分と緩慢に見えて、ぼくは必死に耳を澄ませました。静寂が邪魔をするこの小さな空間で、ぼくたちは口腔を開く閉じるの繰り返しばかりで、まるで滑稽な図だったことでしょう。やがてガラス越しの無意味な言葉が止みました。代わりに溢れる涙を頬に為す術もないぼくたちを、生まれたばかりの光が照らします。朝が訪れたのです。

「トウヤ、トウヤ」

澄み渡るきみの声に、消えてゆく月の寂しさを思い浮かべます。今日もぼくたちは互いに触れられないまま朝を、昼を、夜を、迎えるのです。

「また来るね」

誰かこの感傷を殺してくれればいいのに。
飛び立つ光と涙に誓う、ぼくは生きるだけの、人間。



(その窓を開けてはいけません、あなたを拐かす、それはもうひとではないのです、ひとではないのです)

(ならば幻想)

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