いのちがまだ燃え続けているようだった。完全には消せずに下火となった炎がちりちりと少しずつ、けれど確実にぼくのいのちを焦がしていく。こんなのはもどかしくていやだ。左の胸の奥の恐ろしい熱が常にぼくをおびやかす。おまえはまだまともになんか生きていけやしないと囁く。ぼくのこころはまだあの白く冷たい病室に取り残されて、ひとりで寂しさと苦しさに喘いでいるのだ。

(あ、きた)
心臓からせりあがってくる痛みの予感に掌が汗ばむ。鼓動が徐々に速くなって、いずれは息ができなくなってしまう。そうなる前に薬を飲んで安静にするようにと口酸っぱくお医者さまから言われていた筈だったのに、ぼくはボールを蹴ることを止めはしなかった。天馬と一緒にサッカーをしていると、身体のあちこちがなんだか甘く痺れて、うまく動いてくれなくなる。天馬がぼくの隣を走る。天馬がぼくの名前を呼ぶ。天馬がぼくを見つめている。この瞬間がたまらなく好きだ。きみの思うようにボールをパスしたら、まるで花が一気に開いたみたいに笑うだろう。それも大好きなんだ。ぼくってばきみの好きじゃないところなんてひとつもないんだよ。ぼくからボールを受け取ったきみが後ろを振り返ることなく、ただ前だけをまっすぐ見据えて駆け出していく。軽い足取りは今にも地面から離れて、誰にも手の届かない空へ飛び出していってしまいそうだ。そういえば初めてきみに出会ったとき、ほんとうに思ったんだよ。とうとうお迎えが来ちゃったって。だって神さまにあいされたきみの背には、大きな翼があるだろう。ぼくにはきみが天使に見えるんだ。いつか胸の炎に余すところなくすべて焼け焦がされたぼくをあの空へと連れていってくれるのは天馬がいい。天馬しか許されない。

ぎりぎりまで粘ってくれた身体を引きずって、なんとか自分のロッカーまでたどり着けたのはほとんど奇跡みたいなものだと思う。震えが邪魔してうまくピルケースを開けないのが、どんどんぼくを追い詰めていく。やっとのことで取り出せた大量の錠剤を水で流し込んで、そこからしばらくは動くことができなかった。薬の効き目がいつもより鈍いことに気が付いたときには、もう手遅れだった。いつまでたっても心臓の痛みがくすぶり続けて、健康なぼくの身体はもう返ってこない。……しぬのかも、しれない。だってうまく息ができない。呼吸ってどうやるんだっけ。どうしよう。てんま。

生理的に浮かんだ涙に滲む視界に、見慣れた顔が映る。頭がぼうっとして、まともにものが考えられない。口元がやけにぬるついて、やわらかくてあたたかい。重ねた唇から息を吹き込まれているとやっと気付いたときには、ぼくは無我夢中で目の前にある天馬の頭を抱き寄せていた。乱暴に髪をかき混ぜられても、ありったけの息を奪っていかれても、きみは抵抗ひとつ見せないで、ただなすがままに委ねて、その姿はまるでぼくにその身を捧げているようだった。傲慢すぎる考え方だ。だけどこのとき天馬を強く強く欲したのは、けして間違いなんかじゃなかった。
とうとう苦しそうに目を細めるきみの肩を押して、名残惜しいけれど繋がりをゆっくりほどいた。
「ばかだ」
荒い呼吸をなんとか整えてから、きみは大きな瞳からたくさん涙を溢して、ぼくを罵った。
「太陽は、ばかだ、無理しないでって言ったのに、ひどい、まだ体調だって良くなかったんだろ、おれにずっと黙ってて、隠してた」
「だってほんとのこと言ったら、天馬はぼくを傍に置いてくれなくなる……」
「太陽」
「……ごめん」
きつくにらみあげられると、まだ掠れている声でもつい反射的に謝ってしまう。
「後遺症はしばらく続くって、それで薬もたくさん出されて、でもぼくはまだ病気が身体に残っているような気がして、こわいんだ、天馬とサッカーしているときだけ、なにもかも忘れてきみのことだけ考えていられるんだ、わかってよ……、ぼくはどうせしぬなら、きみを思いながらしにたいんだよ……」
天馬がぼくを見つめているけれど、その視線に応えることができずに、ひたすら俯いていた。やがてぼくに跨がっていたきみの身体がぴくりと動く。いよいよ愛想尽かされて部屋を出ていってしまうのかと思えば、おもむろにぼくのユニフォームをまくりあげた。空気に触れて微かに震えるぼくの肌に這わせた指が、左胸でぴたりと止まった。心臓のちょうど上だ。
「いきてる」
やっぱり泣きながら天馬が言った。生きている。まだ生きている。そんなたった一言にぼくまで涙が溢れてきて、どうしようもなくなってしまう。
「太陽の心臓は、生きていたいってなによりも強く思ってるから、だからこんなに熱いし、鼓動だって速いんだよ、少し生き急いでるだけなんだよ、大丈夫、だいじょうぶ……」
ここは病院なんかじゃない。白くて冷たい、あの部屋にもうぼくはいない。天馬が教えてくれる。証明してくれる。だからぼくは、ぼくは……。
「好きだよ太陽、おかえりなさい」
ぼくはきみの隣にいつまでもいられる。ただいま天馬。泣きながら微笑むきみのおかしな表情がたまらなくいとおしくて、胸の辺りにやさしくてあたたかい火が灯る。すべてを焼け焦がす苛烈な炎なんかじゃない。この感情の名前を、おそらくぼくたちはとっくに知っている。

music:Fall of hart

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