※パロディ
辺りはもうとっくに暗くなって、街にもちらほらと明かりが灯され始める。いよいよ近付く夜の静寂めいた雰囲気の中で、おれはといえば息を切らせてとにかく懸命に走っていた。この角をあとふたつ左に曲がれば待ち合わせの喫茶店はすぐそこだ。どこか古くさいネオンが鈍く光る見慣れた看板の隣で、シュウはタイミングよく腕時計から顔を上げて、不機嫌極まりないという表情でおれをきつく見据えた。
「……遅い、いま何時だと思ってるの」
おれも同じく腕時計を確認しようとして、今日に限って家に置いてきたのを思い出してやめた。鞄の中にある携帯を取り出すのも億劫で、仕方なく息を整えながら空を仰ぐ。頭上に輝く一番星を見つけると、自然に口から数字がこぼれだしていた。
「17時46分32秒だな」
「15分以上の遅刻だよ、信じられない」
神経質そうに足を踏み鳴らすシュウに言い訳のひとつでも聞いて欲しかったけれど、こういうときのこいつには何を言っても無駄だということが短いような長いような付き合いの中で存分に思い知らされているから、ひたすら謝るしか選択肢は残されていなかった。
なんでも奢るから、というおれの咄嗟の失言に満足げに頷いたシュウは、我先にと喫茶店に足を踏み入れていってしまう。樋口いちまいでなんとか収まってくれることを祈りながら、おれも軽い足取りのあとに続く。シュウは見かけによらず大食漢なのだ。待ち合わせを喫茶店にする時点ですでに間違いだったのかもしれないなんて、今さら後悔しても遅かった。
窓際の席に腰をおろしてすぐに嬉しそうにメニューを開くシュウに、さっきまでの態度はどこにいったと呆れながら、でもころころと変わる表情がおもしろくて、やっぱりこいつと一緒にいるのは楽しいと再確認させられる。そしていつの間に呼んでいたのかウエイトレスに向かって高らかに告げる注文の内容はどれも値段の張りそうな肉料理ばかりで、……やっぱり縁を切るべきかとおれを悩ませた。
待ちきれないとばかりに両手に持ったナイフとフォークを擦り合わせる仕草に行儀が悪いと突っ込むのも到底無駄なような気がして、おれは水にもお手拭きにも手をつけずに話を促した。
「で、本題はなんだ」
「ああそうだ白竜それなんだよ、聞いて驚くなよ、なんとぼくたち秘封倶楽部についに本格的にオカルトっぽい相談が来たんだよ!」
「また廃病院とか廃トンネル辺りの探索だろう、どうせなにも出てきやしない」
「違うってば!今度は本当の本当に不思議なことなの!情報をリークしてくれたのだって天馬なんだから、間違いないんだって!」
「わかった!わかったから人にナイフを向けるな危ないだろう!」
テンションが上がって若干見境の無くなっているシュウはとんでもなく厄介で、おれにはとても扱いきれない。鼻息を荒げるシュウに水を勧めながら、取り敢えず会話を繋いでみる。
「天馬って、円堂教授のゼミ生の?」
「あれ、白竜知ってたんだ、天馬のこと」
「剣城とよく一緒にいるからな」
「ふうん、……まあ別にいいや、それでね、その天馬から教えてもらったんだけどさ、この間行った廃学校のね、」
「過去にあった立てこもり事件とやらで殺された生徒の怨念と呪いの儀式との関連性がなんたらとかおまえが散々語っておいて結局なにも起こらなくて拍子抜けしたやつか」
「もうその話はやめてよ!ちょっとタイミングが悪かっただけだ!……続きだけどあの学校の裏にある森の中でね、もうひとりの自分を見つけたって言うんだよ」
「それもおまえが言ってたドッペルゲンガーとかいう」
「ううん、それともちょっと違っていてさ、今より結構幼い感じで黄色いユニフォーム着てて、楽しそうにサッカーしてたんだって」
「……おい、松風天馬は」
「そうだよね、極度の運動音痴だもんね」
おれの知ってる松風天馬はおよその球技はもちろんスポーツ全般に至るまでそれはもう見ていられないくらい下手くそで、おまけにどんくさい。いつもすぐそばにいる剣城に助けてもらっては、気の抜けたような笑顔を浮かべる。そんな松風天馬が楽しそうにサッカーをするなんて、想像すら難しい。
「だからぼくはこう思うんだよ白竜、それは別の世界の天馬なんだって、その森には別の世界線の自分を映し出す不思議な力があるんだって」
「……そうなのか?」
「調べてみない以上はわからないけど、可能性は高いと思うよ、でも折角天馬がぼくたち秘封倶楽部に任せてくれたんだ、なんとしてもこの目で確認しないと!」
オカルトサークルだからという理由でいらんものを押し付けられたと思う。
話を一旦は中止して、運ばれた夕食を空っぽの腹に納めることにした。この調子だと今夜その森とやらに直行のコースになる。シュウと一緒にサークル活動に励むのには、バイトよりも酷く体力を消耗する。食えるときに食っておかないと。
「大丈夫だよ白竜、ぼくたちにも不思議な力はあるんだ、心配することはないさ」
肉をつつきながらぽつりと洩らすシュウに、おれはなにも返さなかった。
不思議な力と言っても、瞬間移動とか念力が使えるとか、そんな便利なものじゃない。おれは星を見れば正確な時間を、月を見れば今いる場所がわかるなんていう、本当に大したことない力だ。科学の進歩した現代社会では携帯ひとつあれば済む話の、その程度の能力だった。それならばまだシュウの方が本人の大好きなオカルトじみた能力だと思う。もっとも結界の境界が見える程度の能力なんて言葉だけ聞いてもおれにはまったくよくわからないのだけれど。
そんなおれたちふたりきりのオカルトサークル「秘封倶楽部」にとってこんな本格的な事件を扱うのは初めてで、正直なんだか嫌な予感もしている。これならまだ前みたいに心霊スポット巡りとか、怪しい儀式ごっことかやっていたほうがマシなような気がしている。違う世界のおれもおまえも、どうでもいい。今ここにいるふたりが確かなんだからそれでいいじゃないかと、とうとうおれはシュウに言い出せなかった。
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