※ハリポタパロディ
やわらかい陽が照らすうららかな午後の温室に、ひどく不釣り合いな雰囲気が立ち込めていた。一心不乱に小さな釜の中身をかき混ぜるその狂気じみた横顔は、元々の美貌と合わさって特に恐ろしい。気味の悪い独り言を絶えず漏らしていた唇が、とうとう笑みの形に持ち上がった。
「できた、ついに完成したぞ……!」
「へえ、やっと?」
それまでずっと少年の傍で暇をもて余していたゴーストは、温室の隅々まで響き渡るような歓喜の声に惹かれて、釜の中を覗き見る。薬草学も魔法薬学も取り立て優秀なだけあって、出来栄えは完璧だった。ゴーストの記憶によれば、確か材料は愛の妙薬に近しいものばかりだったと思う。
「これで一体なにをしようがぼくには関係ないけどね、きみ、天馬に余計なことしたら、ひどいからね」
「そんなわけあるか、これはおれとおまえ、どちらの願いも叶える万能薬たりえるのだ」
丁寧に瓶へと詰め替えながらも、少年は忍び笑いを絶やさない。
「待っていろ剣城、本当におまえの隣に相応しいのは誰か、たっぷりと思い知らせてやる、ふふふ……」
その頃、一向に授業に顔を出さない少年を心配して温室に立ち寄ったスリザリンの寮生がふたり、中から聞こえるトロールの遠吠えじみた声に怯えて、扉に手をかけたまま動けなくなっていた。
剣城京介の穏やかな朝は、デザートのフルーツヨーグルトの最後の一掬いを口に入れるのと同時に終わった。加減を知らない衝撃に背中を襲われて、剣城は半ばテーブルの上へ突っ伏せた。向かいに座っていた同じグリフィンドール寮生の影山が、オートミールを混ぜる手を止めて、心配そうに剣城を見やる。
「おはよう剣城!もう朝ご飯食べ終わったよね?寮まで一緒に帰ろっ、あ、輝もおはよう!」
「お、おはよ、天馬くん」
早朝にも関わらず、天馬は有り余るほどの快活さで、一日のよき始まりを告げる。のし掛かられた剣城のほうといえば眉間に皺を寄せて、深々と溜め息を吐いていた。
「松風、おまえな」
「うわすごい、剣城ってほんとよく食べるね、皿がいっぱい重なってる、だからこんなに身体がしっかりしてるのかな」
小さな掌であちこちを触るだけ触りまわって、その度に天馬が気の抜けるような感嘆の声をあげる。剣城もそのうち面倒くさくなって、満足するまで好きにさせていた。ふいにネクタイの辺りへと、天馬の柔らかい指がたどり着いた。
「おい、なにして、」
「待って、ちょっとよれてるから、直してあげる」
剣城の広い肩越しに、覆い被さるように天馬の腕がいっぱいに伸ばされて、ネクタイをほどいて、また結び直されていく。整った爪の先が器用に動くのをぼんやりと見つめていたら、やけに正面からの視線が気になるものだから、恐る恐る顔を上げてみれば、にこにこと微笑む影山と目が合った。
『お熱いですね』
唇の動きだけでそう言った影山は、知らないのだ。ここまでこころを許しあっているくせにまだ友人の域を脱しきれないことにどれだけ剣城が苦悩しているか、知らないのだ。天馬が自分のことをどう思っているのかは分からないけれど、少なくとも剣城は、首筋に当たる柔らかな癖毛を一房手にとって、キスを落としたいと思っている。
天馬と剣城は、いつだって一緒だった。寮こそ別れてしまったけれど、ふたりの間ではそれは些細なことに過ぎなかった。今だって天馬は剣城の用意が終わるまで、約束した場所でひとり待っている。授業に行くまでの道程も、教室の席も、休み時間も、とにかく離れがたかった。剣城の傍は居心地が良い。ずっと、ずっと一緒にいられたらなあと顔をほころばせる天馬の目の前に、唐突にその色鮮やかな包みは現れた。疑問符を浮かべる天馬に、聞き慣れた声が囁きかける。
「ひとりきりになったときはぼくを呼んでって言ってるのに、きみはなにがあってもそうしないつもりなのかな」
「もう、シュウったら驚かせないでよ」
「ふふ、ごめんごめん、きみが呼んでくれないから寂しくて来ちゃった、……こんなに寒いところで、一体誰を待っているの……?」
遠い昔からここに取り憑くかたちで住んでいるというゴーストのシュウは、入学当時から天馬を随分と気に入っていて、隙あらばそのまだ何にも汚されていない純真な魂を狙っている。銀色めいて透き通るシュウの指に頬の辺りを撫でさすられると、なんだか背筋がぞわぞわしていけない。
「ううん、もしかしなくても剣城京介だよね、絶対そうだもんね、あいつ、いつも我が物顔で天馬の隣を陣取ってるからさあ」
ついついいたずらしたくなるんだよなあ……、という後半の本音はどうにか口に出さずに済んだものの、天馬の表情は険しい。剣城の悪口は許さないと、その青い瞳は語っていた。シュウは慌てて話題を逸らす。天馬にだけはどうしても嫌われたくなかった。
「えっと、そうじゃなくて、ぼくの用はこれなんだよ、これ」
出会い頭に突き付けた包みを、天馬の掌の上へ落とした。奇抜な色使いのラッピングが目に痛い。
「とある恥ずかしがりの生徒に頼まれてさ、中身は手作りのお菓子らしいんだけど、剣城京介に渡しておいてよ」
「これを、剣城に……」
「うん、天馬の手からなら彼もきっと突き返すようなことはしないと思うしね、よろしく頼んだよ」
そのままシュウは浮かび上がって、天井をすり抜けて行ってしまった。残された包みと一対一になった天馬は、複雑でたまらなかった。天馬を介さなくても、剣城は貰ったものをけして無下にはしない。優しいから、天馬以外にだって、とてもとても優しいから、天馬だけが特別じゃないから……。これを貰った剣城が、送り主のことを気になって、あまつさえ好きになってしまったらどうしよう。天馬は剣城が女の子に呼び出される度に、そんな不安に脅かされる。いけないと思いつつも、リボンをほどいて、中身のクッキーをひとつ取り出してみれば、信じられないくらい芳しい香りが鼻腔を擽った。それはなによりも天馬が常に求めている、香りだった。
確かに机の上に置いておいた筈の教科書を探していたら、もう随分と時間が経っていた。天馬につきまとっているゴーストのあの薄ら笑いを思い出して、頭が痛くなる。前々から疎まれているとは思っていたけれど、まさか寮にまで侵入して物を隠すなんて、さすがにやりすぎだ。壁とベッドの隙間に意地悪く放りこまれていた埃まみれの教科書とノートを抱えて、剣城は廊下を走る。約束の場所に、どうしてか天馬はいなかった。先に行ってくれていると信じてひたすら足を動かしていた剣城を、目的の扉はあたたかく迎えいれてくれた。セーフだ。息を切らせて教室に入るなり、真っ先に天馬の姿を探した。……いない。いつもは前のほうに座っているのに、今日に限ってその姿はどこにも見えない。まさか置いてきてしまったんじゃ、と青ざめる剣城が、とうとういとおしい声を聞いた。
「今日の占い学楽しみだなあ、おれ昨日からずっと楽しみにしてて、みんなはつまらないって馬鹿にするんだけど、おれはこういうの大好きで、だってテストも簡単そうだし、あ、こういうこと言っちゃ駄目だよな、でもお茶の葉占いはほんとに気になってて、そうだ、おまえとの相性占ってみようかな、なんかちょっと恥ずかしいけど、おれたちならきっとすごい結果出るって信じてるし、な、白竜!」
声を辿れば、頬を紅潮させて、隣に寄り掛かる天馬がいた。片手でそれを押し返しながら、もう片方の手で頭を抱える少年、白竜は、しきりに違う……違う……と呟いている。剣城の視界が、真っ暗になっていく。
「せ、先生、先生!剣城くんが倒れました!」
「剣城くん!?剣城くん!?」
「白竜、白竜、お昼も一緒に食べようね、スリザリン寮の人はすぐにおれたちハッフルパフにいちゃもんつけてくるけど、白竜はそんなことしないよね、信じてるからね、白竜、白竜白竜……」
「勘弁してくれ……」