お願いします…っ、誰か助けて!
そんなあたしの切実な願いは、誰にも届きはしなかった。
曖昧に始まる月曜日 (3)
フワリと紅茶の穏やかな香りが部屋に漂う。
下ろしたてのものだったので、いつになく良い香りだ。
しかし、そんなささやかな香りを楽しむ余裕なんて、今のわたしには全くと言っていい程なかった。
紅茶に映る自身の顔から、そろそろと視線を上げる。
そこに、予想通りの…否、予想以上の無言の催促を訴える眼を見つけ、元々丸めていた身体を更に縮こまらせた。
現在、我が家の応接間にはわたしを含め、7人の人間がいる。
普段は父が座る席に腰を沈めるわたしと、来客用のスリッパを履き、ソファーに座りながら部屋の中を物珍しげに見回す見知らぬ6人の男女。(いや、キョロキョロしてるのは数人だけか)
そう、何故かうちの玄関で寝ていた、あの6人だ。
あの場で彼らに説明を求められたのだが、わたしの方が説明して欲しいくらいなのに、説明出来る訳もなく。
かといって、そのまま彼らを放り出す事も出来ず。
気付けば、何故かお茶に誘ってしまっていた。(本当になんでそんな事してるのわたし!)
そして、彼らを応接間に通して紅茶を出すまではなんとかなったのだが…。
いかんせん、それ以降の事を何も考えていなかった為に、何を話していいやら何をすればいいやらさっぱり分からない。
そして、現在。
彼らの視線に畏縮して、ただただ縮こまっているのが現状だ。
(誰か助けて…!)
「ちょっと、あんたさ」
わたしの心の叫びに呼応するように、赤髪の女の子が声を上げた。
ビクリと肩を震わせて恐る恐る彼女を見れば、あからさまに不機嫌そうだった。
まともにその顔を見てしまい、思わず後ろずさりしようとしたわたしに、少女は更に不愉快そうに眉をひそめた。
「なんでそんなに怯えてるワケ?
あたし達が何かした?」
「もう、イリア。
そんな言い方しちゃ駄目よ」
険を含んだ少女の声を、青髪の女性がやんわりと止めた。
面白くなさそうに、だが女性の言葉にイリア、と呼ばれた少女は口を噤んだ。
それを確認し、青髪の女性は柔らかな笑みをこちらに向けた。
「怖がらせちゃって、ごめんね。
わたしはアンジュ・セレーナよ。
よかったら、貴女のお名前を教えてもらえないかな?」
穏やかな笑顔と優しい声に、少しだけ緊張が解けたような気がした。
ホッと小さく息をつき、引き気味だった身体を元に戻してもう一度腰を落ち着けた。
名前…アンジュさん達は外国の人みたいだし、あっちに合わせた方が…いい、よね…?
「わたしは…梓、です。
梓・櫻井。」
「梓姉ちゃんかー。
変わった名前やなぁ」
この場に似つかわしい関西弁に、パチパチと目を瞬かせる。
声を辿れば、ソファーから身を乗り出した桃色頭の女の子に行き着いた。
目が合った女の子は、ニッと歯をむき出して笑った。
「うち、エルマーナいうねん。
よろしくな」
「あ…えと、よろしく…ね?」
「なんで疑問形なんだよ」
戸惑いながらもエルマーナに返した返事に、スパーダくんに呆れ半分でツッコまれた。
それをアンジュさんに咎められ、スパーダくんは肩をすくめて「へいへい」と生返事を返し、わたしに視線を戻した。
「梓、だったよな。
オレはスパーダ・ベルフォルマだ」
「えーと、あたしはイリア。
イリア・アニーミよ」
「…リカルドだ」
「僕はルカ・ミルダです」
スパーダくんに続いて、赤髪の女の子と黒髪の男性、そして銀髪の少年が名乗った。
簡単な自己紹介が済んだところで、リカルドさんのコバルトブルーの瞳がこちらに向けられる。
射抜くような視線と、感情が一切浮かばない仮面のような表情に微かな恐怖を覚え、わたしはたじろいだ。
「単刀直入に尋ねるが、此所はどこだ。
何故、俺達は此所にいる」
「……こ、此所、は…わた、わたしの、家…です、けど…っ」
「…それは先程聞いた。
俺が訊きたいのは土地の名前だ」
リカルドさんは、恐怖と緊張でかみ始めたわたしを見て、言葉を変えて再度問いかけた。
淡々とした口調が若干和らいだような気がする。
震える自身の喉を叱咤して、わたしは声を絞り出した。
「日本、の、東京都内の…筒賀市、ですが…?」
「二ホン?」
「そんな国あったっけ?」
眉を寄せながら、6人が揃って考え込む。
そんな中、ルカくんがそろそろと質問を口にした。
「えーと…この国って世界のどの辺りに位置してますか?」
「…東、にある…島国、ですけど……」
「うーん、残念だけど聞いた事ないな。
アシハラやガルポスからも遠いのかしら?」
「…アシハラ?ガルポス?」
アンジュさんの聞き慣れない言葉(多分、地名か国名だと思う)に、首を傾げた。
知らないの?とルカくんが驚いたような顔をする。
他の四人も同じような表情だ。(そんなに驚く事なのだろうか?)
そんな面々の中、エルマーナが質問を重ねた。
「梓姉ちゃん、レグヌムやテノスは知らへん?
結構有名なとこなんやけど」
「知らない、けど…。
えっと、ちょっと待ってて下さい…っ」
視線から逃れたい一心でソファーから立ち上がり、備品の世界地図を額縁ごと壁から外した。
6人から見やすいように、地図をわざと上下逆さにしてテーブルに置く。
そして、ユーラシア大陸の東南東辺りに位置する島――"日本"を指差した。
「これ、世界地図なんですけど…。
これが日本、です」
「――ちょっと待て。
何だよ、この地図」
「へ…?」
スパーダくんからの鋭い制止に、間の抜けた声が出た。
彼はやや顔面蒼白になり、僅かに冷や汗をかいている。
「これ、僕達の持ってる地図と違う…!」
「どういう事!?」
ルカの指摘に、6人に動揺が走った。
……父様、わたし墓穴掘っちゃったかもしれません。
(浮き出た疑問)