Clover 扉の先に 予感は、してたんだ。 何かが壊れてしまう、そんな予感が。 扉を開けた、その先は――――何故か真っ白の世界。 「………え?」 間の抜けた声が、唇からこぼれた。 暫し呆然として、ハッと我にかえって後ろを振り返る。 そこにはさっきの部屋が………………ない。 「なんですとぉぉぉおおおっ!?」 一拍置いて、どこかの某ちょび髭軍人のような素頓狂な声を上げた。 上げた後に一瞬、バカみたいな叫び声を上げた自分自身に物凄く落ち込んだが、すぐに感傷を振り払う。 今は状況把握の方が重要だ、だから気にするな私! 気を取り直して、再び扉があった場所に視線を向ける。 そこにはやはり何も見えず、一応手も伸ばしてみるが何の感触も無く、空を切るばかり。 なんで今日に限って、こう次から次へと災難が舞い込んでくるのだろう……いや、今回踏み込んでしまったのは私だけども。 でも、だからと言って、なんでこんな目に遭わなければならないのだろうか。 神様とやらは、そんなに私が嫌いなのだろうか。 あ、なんだかムカついてきた。 (もしも神様に逢ったら、一発くらい殴っていいかな……) 不穏な計画を心で企てた時、不意に、私の足元に何かが転がっているのが見えた。 視線を落とせば、そこには何故かドアノブだけが残され、私を嘲笑うかのように転がっていた。 ……なんだか物凄く馬鹿にされてる気がするのは、私だけだろうか。 否、そんなワケはない。 そうかそうか、そんなに私をおちょくって楽しいか。 (……決めた。神様とやらに逢ったら絶対殴ってやる) 企ての決行を堅く心に誓い、拳を握り締める。 しかし、そう決めたはいいが、苛立ちは治まらない。 こういう時はとりあえず、 (ストレス発散に限るよね) ひょいっとドアノブを拾い上げ、息を大きく吸いながらそれをピッチャーよろしく振りかぶる。 誰もいないからスカートの事なんて気にしない。 限界ギリギリまで息を吸い、少しだけ吐いて止める。 その体勢を維持して一秒程静かに瞑目。 そして、私はカッと眼を開いた。 「……ふっっっざけんじゃないわよぉおおおお!!!」 怒号と共に腕を振り下ろし、ドアノブを―――投げた。 それはもう、見てる方がいっそ清々しくなるだろう程に、豪快にぶっ飛ばす。 ドアノブは私の意図の通り、瞬く間にその姿を消した。 キランと輝き、白の世界の彼方に消えたそれを見送り、思わずニヒルな笑みを浮かべる。 「フッ、ざまあみやが……」 ――ドガッ! 『ぐはぁっ!!』 「…………。」 なんだ、今の音と馬鹿みたいな悲鳴は。 殺風景な景色に響いたそれらに、私は思わず押し黙った。 (…………まさか……) ―――まさか、こんな人っこ一人いない場所で、あの凶器(ドアノブ)が誰かにぶち当たっただなんて事……。 私の脳裏に浮かんだ仮説に、冷や汗が頬を伝う。 気のせいか、周囲の気温も下がったような気がする。 いやいやいやいや、有り得ないって。 そう必死に否定するが、正確には有って欲しくなど無いだけなのであって。 だって、あんな物ぶつけられたら誰だって怒るに決まってる! けれど無情にも、声の聞こえた大体の方角とドアノブが消えた方向が、嫌になるくらいぴったり一致する。 (あっは。 やっばー……) とりあえず何ともなしに誤魔化し笑いを試みるが、何かが背中を這い上る嫌な感覚に、そんなものは打ち消されてしまった。 デッドボールだレッドカードだ、ではでは私は退場致しますってどうやったら帰れるのよ、そもそも帰り方知らないじゃないのよ、あぁもうどうしよう等々と現実逃避をしてのたうち回る自分が脳内に浮かぶ。 あ、これも現実逃避? 『……ほぉ? ここに来てオレ様に喧嘩売るたぁ、いい度胸だな』 (っいやぁぁぁああああッ!! もたもたしてる間に、被害者がご登場しちゃったじゃないのー!!) 滑るように耳に飛び込んだ、静かな、けれどハッキリと怒気を含んだ声に胸中で悲鳴が木霊する。 あぁ、もう泣きたい! 声から察するに、怒りのバロメーターはかなり高い場所までイってるようだ。 "次の被害者はお前だ"と言外に言われたような気さえして、私はますます体を固まらせた。 逃げ場なし、逃げる為の口実もなし、更に言えば逃走方法すらもわからない……なんて八方塞がりなんだ。 言いたい事(ツッコみたい事、とも言う)は沢山あった。 いつの間に来たのかとか、"オレ様"ってあんた誰なのよとか……ここは何処なのか、とか。 でも、 『オイ、聞いてんのか』 不機嫌さが増すドスのきいた声の持ち主に、ツッコむ胆力なんて持ち合わせて無いのよ! 痺れを切らしたのか、心中(色々な意味で)穏やかではない私の肩に、誰かの手が乗せられる。 ままままさか殴られる!? 「ひっ!ごめんなさいごめんなさい!!つい出来心で――って、(…んん?)」 咄嗟に頭を庇いながら思わず謝ってしまったが、ふと妙な違和感を感じて謝罪を中断する。 肩に重さは感じる、感触だってある。 それなのに、視界の端に映る肩に手らしきものはない。 頭を動かして視線を向けるが、やはり在るべき部分に存在する手がない。 いや、気配はちゃんとある。 ただ、見えないのだ。 ```` (なんで!?人間なら、見えるはずでしょ……!?) まさか、透明人間や幽霊じゃあるまいし……って、そもそも後者なら重みや感触すら感じないよね。 瞬時に浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えを頭から追い払い、もう一度、一見何もなさそうなそこをじっと見つめた。 けれど、どれだけ凝視してもその光景が変わる筈もない。 只々、どうして、という言葉だけが頭の中をぐるぐると巡る。 無意味に記憶の引き出しをあさる手に、不意に何かの記憶が引っ掛かった。 |