Clover

 扉の先に





脳裏をかすめた映像と目の前の"それ"に、ひどく心がざわめく程の既視感を覚えた。
ドクン、と鼓動が胸を叩く。

……いやいや、待てよ自分。落ち着け、私。

まさか、とは思うが、いくらなんでもそれはないだろう。
夢を見るにも程がある。

だが、妙な確信を感じつつ、恐る恐る後ろを振り返ると――


『やっぱりお前、喧嘩売りに来たんだろ』


そこには、信じられない人物が立っていた!
いや、ある意味予想通りだったけど!

震える指を同じくらいの身長の彼(彼女?いいや、この際彼で)に向ける。


「し、真理くん…?」


私の出した名前に、彼の怒気が僅かに薄らいだ。

見えないけれど、ジロジロと不躾な視線を感じ、少し戸惑いながら後ろずさる。
数歩分距離が出来た頃、不意に彼が口を開いた。


『……なんだ、お前が例の話の奴か』

「いや、納得する前に私の質問に答えてよ。しかも、例の話って何」

『口答えの多い奴だな、話とはだいぶ違うが…まぁいいか』


よくないだろ。てか、聞けよ人の話。
会話が成り立たない事に苛立ちを覚えたその時、不意に数分前に企てた計画を思い出して心中でニヤリと笑った。

丁度いい。ストレス発散ついでにささやかな報復をしてやろう。

勝手にそう決めて、周囲へ素早く視線を巡らす。
右よーし、左よーし、前後もよーし……うん、誰もいない。

胸中で一つ頷き、おもむろに右手を握り込んでスタンバイ。
何か考えていたのか、好都合な事に横を向いている彼にニッコリと微笑み、口を開いた。


「ねぇ、ちょっといい?」

『なんだ?』


拳を形作った右手はそのままに、振り返った彼に静かに歩み寄った。
彼より一歩離れた場所で右腕を軽く後ろに引き、会心の一撃を解き放つ。


「とりあえず、一発殴らせて?」

「はーーーがふぁっ!!?」


私のアッパーをもろに顎に食らった彼は、鈍い音とデジャブを感じる悲鳴を残して吹っ飛んでいき、更に着地してから3mほどスライディングして、やっと止まった。
けいれんしてはいるが……まぁ、多分大丈夫だろう。

そんな事よりも、気持ちいいくらいのクリティカルヒットだったなー!うーん、すっきりすっきり!

目的という名のヤツ当たりを達成した爽快な気分のまま、笑顔を浮かべて額の汗を拭う。
多分、かなりイイ顔してると自分でも思う。

そんな事を考えていた矢先、不意に前方から叫び声が放たれた。


『……っいきなり何すんだ、お前は!!オレを殺す気か!?』


おお、もう復活してる。
結構、本気でやったんだけど……やっぱり鍛えられてるんだろうか。

そんな事を考えつつ、吹っ飛ばされた彼の心からの叫びに、私はまたもニッコリと笑った。


「殺すワケないじゃん。せめて半殺し?」

『あんまり変わんねぇよ!!』


あら、ドライなキャラかと思ったら、意外と熱いツッコミ派?
それにしても、この人からかい甲斐があるなぁ。

そんな失礼な考えを巡らせる私に足早に歩み寄り、近距離で彼は怒鳴った。


『つーか、何故殴る!?
何か?お前は初対面の相手をいきなり殴るのか!?』

「時と場合によって」

『お前は鬼かっ!!』


神でもあり悪魔でもあり世界でもある彼には言われたくない。
ムッと唇を尖らせ、見当をつけて彼の鼻の辺りを睨み付ける。


「失礼ね、相手が何もしなかったらしないわよ。多分」

『多分かよ!じゃあ、なんでオレを殴ったんだよ!』

「ムカついたから」


私の回答に、彼は頭からズベッと転倒した。

その役者張りのリアクションについ拍手を送ると、「いらんわ!!」と即答されてしまった。
ノリが良いのか悪いのか分からない人だなぁ……。


『あー……つまり、何か?
オレはただ単にムカついたってだけで殴られたと?』

「その通りよ。っていうか、さっきそう言ったじゃない」


真理くんて物分かりの悪いのねと付け加えたら、彼はプルプルと肩を震わせた。
あらら……もしかして、やり過ぎちゃった?


『…………まぁ、いい。それより、』

「(お、我慢したよ)んー、何?」

『――お前、"異世界人"だろ?』

「……っ!?」


真理くんの言葉に目を見開いた。
彼の言葉に、"やはりここは違う世界なのか"とか、"なんでそんな仰々しい呼び方なんだ"とか、多くの思いが頭を過ぎるが、何一つとして言葉にならない。

何も言わない、正確には一言も言えない私を見て、


『中原 鈴』


教えてもいない私の名前を、呼んだ。


『通行料は既に貰った。さっさと通れ』

「貰った、って……私、払ってないよ?それに、なんで私の名前……」

『お前じゃない、お前を通せと言った奴から貰っている。
名前もそいつから聞いただけだ』


一瞬、あの黒猫が脳裏に浮かんだが、すぐに首を振って追い払う。
ただの猫が話したりするなんて、常識から考えて、先ず有り得ない。

しかし、黒い影は払っても払っても浮かび上がり、こびりついたように頭から離れなかった。


「……ねぇ、真理くん。
その、私を通せって言った人って……どんな人?」

『さぁな』

「"さぁな"って……いいじゃない、教えてくれたって」


真理くんの答えが不満で、頬を膨らませてそう言えば、『口止めされてんでね』と彼は肩をすくめた。

それでも、不平に思って唇を尖らせていれば、


『まぁ、その代わりにあっちまでの案内と、門の通行くらいのサービスはしてやるよ』

「真理くん大好き!」


手のひらを返した私の態度に、真理くんが苦笑したような気がした。
でも、気にしない!




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