初恋ライラック

 孵化を待つ乙女の祈り





ねぇ、君は今何をしてるのかな。
ねぇ、君は今何を見てるのかな。

気が付けば、あたしはいつもそんな事ばかり考えていた。

想いの名前さえ知らなかった、幼い自分。
それでも、確かにあたしは君に恋をしていたの。

そう、きっとアレはあたしの初恋だったのだろう。



「ん……」



ガタンガタン。
規則正しい、心地よい振動に揺られながら、あたしは重たい瞼をゆっくりと上げた。

視界に映るのは、見慣れた制服と膝からズレ落ちそうな鞄。

ああ、そうか。
いつの間にか寝ちゃったんだ……あたし。

何度か瞬く間に、寝起きでぼんやりしていた思考が徐々にハッキリしてきた。

顔を上げ、窓の外を見れば茜色だった筈の空は既に紫紺へと姿を変えている。
どうやら、随分と寝入ってたらしい。



(……ツイてないなぁ)



見た事すらない景色に辟易しながら、落ちかけていた鞄を抱え直す。
周囲を気にしつつ、口元に手をやるが粗相の跡は感じられず、あたしはそっと安堵の息を吐いた。

今、何処まで来ているか分かんないけど、とりあえず次の駅で降りて乗り換えなくっちゃ……。

ずっと俯いていたのか、すっかり凝り固まってしまった首を動かす。
その片手間、ブレザーのポケットから携帯を取り出して開いた。

表示されているデジタル時計は、列車に乗った時よりも1時間近く進んでいて、思わず溜め息が零れた。

パチンと閉じた携帯の端で、トラ猫ストラップが揺れる。
同時に揺さぶられた記憶から、脳裏に浮かぶ思い出。

眩い、希望のような金色。


(未練がましいなぁ、あたし……)


諦めきれず、未だに何年も引き摺っている自分に苦笑する。

初恋は叶わない。
そう言ったのは誰だっただろうか。

確かに、あたしの初恋は想いを告げる事すらないまま、途絶えてしまった。

でも、幼い微熱は未だにあたしの中でくすぶったままで。
どうしても忘れられなかった。

ふと気付けば、いつも彼の姿を探している自分がいた。

もう、あたしの事なんて覚えていないかもしれない。
いや、きっと高校生となった今では、小学生の頃の事など、もう殆ど覚えていないだろう。

それでもいい、一目でいいから逢いたい。

そして、出来る事なら……。
そこまで考えて、あたしはふるふると首を振った。


(……なんてね。願うだけで叶うなら苦労しないもん)


いつかは、この淡い想いも忘れなければならない時が来るだろう。
それはあたしが大人になった時か、別に好きな人が出来た時かはわからないが。

けれど、せめてそれまでは大切に抱えていたかった。

携帯のストラップを一撫でし、再びポケットに戻す。
その時、次の駅への到着を告げる車内アナウンスと同時に、不意に同い年くらいの男の子達の笑い声が耳についた。

鞄を肩に掛け、あたしは立ち上がりながら無意識に声の方角に目をやり−−−心臓が止まりそうになった。

県内でも有数の名門校の制服に身を包む男子達、その中で唯一こちらに背を向けている"彼"に目を奪われる。
濃紺のブレザー、その上で揺れるのは……探し求めていた、金色。


「うそ……」


あたしはまだ夢を見ているのだろうか。
そうだ、そうに違いない。

だって、夢でもなきゃこんな事起こり得る筈がない。


「……エド……?」


小さく小さく呟いた声は届くはずもなく、列車の走行音に掻き消される……筈だった。
しかし、喋っていた男の子の内の一人がふと振り返った。

見えたのは、懐かしい金の双眸。


「……っ!!」


途端、あたしの現金な心臓が早鐘のように動き出す。
カッと顔が熱くなったよう気がして、あたしは慌てて視線をそらした。


(な、なんでエドが……っ!?)


逢いたかった、ずっと……ずっと。

でも、実際に会ってみたら再会出来た喜びよりも、緊張の方が遙かに勝っていて。
あたしはロクに"彼"の顔を見る事すら出来ず、震える身体に鞄を押し付けるように抱き締めた。

と、その時都合よく音を立てて開いたドアから、あたしは思わず逃げるようにホームへと飛び出した。

動悸は激しく、そんなに走ってなどいないのに息切れする程で、あたしは列車に背を向けたまま息を整える。
やがて、背後で扉が閉まる音が聞こえ、そこでようやくあたしは自分の愚かな行いに気付いた。

あんなに逢いたいと願っていたのに、自分から逃げてしまったのだ。

ああ、なんて馬鹿な事をしたのだろう。
せっかく、念願叶って再会出来たと言うのに、自ら棒に振ってしまった。
後悔から滲む涙を必死にこらえ、せめて姿だけでも目に焼き付けようと振り返る。
しかし、そこには列車はない。

いや、違う。列車の前に何かが立っているのだ。


(……え?)


あたしの視界の大半を塞ぐ、濃紺のブレザーとカッターシャツ、そして独特なストライプのネクタイ。
動けないあたしを嘲笑うかのように、徐々に速度を上げて走り去る列車の風圧で、"彼"の金色が視界の端でなびく。

恐る恐る、ゆっくりと顔を上げれば、ぎこちなく微笑むエドワードがいた。



「……よぉ、久しぶり」



ただ、その一言だけで後悔だとか不安だとか、期待だとか、とにかくその時のあたしを形作っていたそれら全てが報われた気がした。

感極まって泣き出したあたしを見て、エドワードが慌てるのさえ申し訳ない反面、それが昔の彼と同じだったから嬉しくて。
確かに彼なのだと感じられて、あたしの目からまた涙が零れた。



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