08.炎火 ( 1 / 4 ) [栞]



飛び込んだ先に待っていたのは、呼吸さえ忘れそうな悲惨な光景だった。


「……っ!!」
「な、なにこれ……!」
「ひどい……」


言葉もなく立ち竦むあたし達の前で、炎が舐めるように王都軍基地を覆っていた。

テントの半数以上が焼け落ち、爆発のせいか砲台も既に原型が分からないくらいに壊れていて破片が散らばるばかり。
そして、炎と共に何人もの人が地面に横たわっていた。

彼らが伏した地面は一様に赤黒く汚れていて、中には全身が炭のように黒く焦げた者までいる。

決して少なくない人数なのに、誰一人として動く者はいなかった。
つまり、これは全て。


(……亡くなった、人?)


あまりにも現実離れした事実に呆然とするあたしの前で、炎はその亡骸さえも無慈悲に、そしてある意味公平に、飲み込んでいく。
−−ああ、異臭の源は"これ"か。

吐き気を引きずり出されるおぞましさに、思わず服の胸元を握りしめる。

けれど、喉元まで込み上げてきた胃液はどうにもならず、もう一方の手で咄嗟に口を覆う。
手放してしまったロッドが、焼けた大地に音を立てて転がっていくのが揺らぐ視界の端に見えたけれど、拾う余裕はなかった。

目眩まで覚えてきたあたしは、ついに直視するのも耐えられなくなって視線を反らし−−開ききった瞳孔と、目が合った。


「っ……!!」


息を呑む。
不意打ちによる驚きもあった、けれど何よりその相貌に見覚えがあったから。


−おっ、毎度ごくろーさん。大変だなぁ、お前も−


補給物を納めるテントの前で見張りをしていた兵士。
行く度に労いの言葉をかけてくれた人。

驚愕と恐怖を顔に貼り付かせたまま、額に風穴を開けた彼が、今にも炎に飲み込まれそうになっていた。

彼の伸ばされた手が、開いたままの瞳が助けを求めているように見えて。
何かを思うよりも先に、気付けば身体が動いていた。


「っ馬鹿野郎!!死にたいのかお前!」


けれど駆け出した途端、間髪入れずに手首を掴まれて引き戻された。

泣きそうになるのを堪えながら振り返れば、眉をつり上げたスパーダがいて。
目で行かせて欲しいと訴えたが、彼は厳しい表情のまま「ダメだ」ともう一度言った。

でも、と声を張り上げようとして今はそれが出来ない事を思い出して口を噤み、掴まれた手を引っ張りながら首を振る。

子供が駄々を捏ねるような仕草に、スパーダが咎めるように名を呼ぶ。
けれど、それでも諦められなくて再び後ろを見れば、駆け寄ろうとしていた彼は既に炎に包まれた後だった。

間に合わなかった−−。

轟々と燃えゆく姿に、冷たい鉛が胸の内を落ちていく。
力んでいた手からゆるゆると力が抜けていくのを感じたからか、ようやくスパーダの手が離れてあたしは解放された。

けれど、掴みたかった手はもう炎の中で、今更どんなに頑張ったところであたしの手は望んだものへは届かない。


「……諦めろ、この辺りにいる奴らはもう助からねェよ」


スパーダの静かで冷たい声に、胸が震えた。

突き放すような言葉は言い聞かす為のものでもあったのだと、後になって気付いた。
けれど、この時はそんな可能性も考えられないくらい、彼の言葉が癪に触って。

そして、沸騰する怒りのままにあたしは、


「っリズ!?」

――パァン!

振り向きざまに、スパーダの頬を思い切り叩いた。叩いてしまった。

イリアの声すら無視して平手打ちを放った直後、すぐさま罪悪感と後悔が押し寄せた。
けれど、それらよりも怒りの方が熱く煮えたぎっていたあたしは、叩いたせいで痺れる右手を握りしめてスパーダを睨み付ける。

いきなりの事で呆然としていた彼も、やがて痛みで我にかえったのか、鋭い視線が返ってきた。


「何すんだよ、あァ?喧嘩売ってんのか、お前」


苛立ち、そして腹立ち。
今にも弾けそうな剥き出しの感情が、スパーダの目の奥で燻っている。

灰色を睨み返すあたしの頭の中で、さっきの言葉が木霊する。

もう助からない、そんな事は百も承知だった。
戦場からは縁遠かったあたしから見たって、この場にいるほぼ全ての人はもう亡くなっているとしか思えない。

それでも、否、わかっていたからこそ言って欲しくなかった。




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