06.相違 ( 1 / 5 ) [栞]



どれくらい歩いたのだろうか。

1時間は歩いたような気がするけれど、実はそれ以上歩いたのかもしれないし、むしろまだ1時間も経っていないのかもしれない。
……つまるところ、あたしは完全に時間感覚を失っていた。

歩けど歩けど草木しかなく、地図で見た道なんて一向に見えないまま、森をさ迷い続けた。

頭上を覆う葉の連なりで太陽も見えないから、現在地どころか方向さえわからず、遭難という単語が脳裏をちらつき始める。
だから、進む先にまるで境界線のようにプツリと木々が途切れた場所を見つけた瞬間は本当に嬉しくて、警戒も忘れて思わず駆け出してしまった。


(道だ……!)


木々が途切れている空間には、おそらく森の奥へ続くのであろう、人の手が施された幅広の道があった。

ようやく目印になりそうな人工的な道に辿り着いたらしい。
遭難は免れた事に安堵しつつ、道には出ずに太陽の位置と道の形だけ見てから、少し離れた木の裏へとしゃがみ込む。

出来る限りマントを引っ張り上げて巻き付け、素人ながら見つかりにくいように身体を隠した後、荷袋から地図を引っ張り出した。


(ええっと……)


隠れつつ、地図に描かれた線と先ほど見た背後の道とを比べる。

……うん、多分間違いない。
この道、王都の陣営から伸びてる道だ。

太陽はあたしから見てほぼ真正面に、微かに見えた左方向の道にはちょうど奥に続く曲がり道があったみたいだから……ここかな。

割り出した現在地は地図の真ん中よりやや上の辺りと、時間はかかったけれど悪くない位置だ。
部隊方針なんて知らないけれど、まだ三人は基地には戻っていないような気がするから、何とか合流出来るかもしれない。


(もっと奥に進めば会えるかな……)


奥に進めば、その分敵の陣地に近づくから危険も増す。
ガラム兵と鉢合わせする可能性も高くなるから、また戦闘になるかもしれない。

けれど、ここで戻っては基地を抜け出した意味がなくなるし、何よりまだ戦っているかもしれない三人を置いて帰りたくなかった。

あたしが行っても何の役にも立たないと自分でも思う、ルカたちの足手まといになるだけかもしれない。
心配だから確かめたいだなんて所詮はあたしの自己満足でしかないのだから、彼らの足枷を増やすくらいなら諦めた方がいい。

わかっている。わかってはいたけれど、諦められなかった。


(えっと、奥に進むには……向かって右の方に行けばいいんだよね)


物思いと共に帰還という選択肢をも振り払い、地図で方向を確認する。

あたしはとてもじゃないけど正規とは言えないルートを通ってきたが、ルカたちはきっとこの道を通った筈だ。
せっかく確保した転生者だ、逃げ出すのに有利になる地図をわざわざ与えたりしないだろうから、目印になる道を選ぶしかないと思う。

地図を仕舞って木の裏から顔だけ覗かせれば、数人の王都兵がライフルらしき銃を抱えながら走っていくところだった。

慌てて顔を引っ込めて、視線だけで彼らを見送る。
右方向、あたしが奥に続くと予測した道へと消えていく背中を最後まで見届け、あたしも立ち上がる。

木の葉を通して仄かに届いていた陽光はやや赤くなり始めていて、ただでさえ薄暗い森をますます暗鬱としたものへと変えていく。

もう日没が近いんだ。
伸びる影も色濃くなっている、この調子だとあと数時間もしない内に日は落ちるだろう。

急がなければ。
目測から導いた時刻を頭に入れ、道に沿って走り出す。
暫く走ると、道ではガラム兵と王都兵との衝突が見られるようになり、彼らに発見されないよう道から離れた草の陰を低姿勢で駆け抜ける羽目になった。

かなり腰が痛かったけれど、王都兵が派手に応戦していた事も手伝って、気付かれる事なく戦闘地帯を無事抜け出せた。

やがて太陽が先程よりも赤みを帯びた頃、歪(いびつ)なY字路が見え始めた。
手近な木の影に隠れながら地図を引っ張り出して確認すると、そこは丁度森の最奥の手前地点らしかった。


(やっと奥まで来れた……!)


達成感を噛み締めながら、小さく握り拳を作って喜ぶ。

思えば、ガラム兵に見つかって大きく道を逸れた事で随分遠回りをしたものだ。
狼や巨大蜂、おたまじゃくしに似た青い動物……物語に出てきそうな魔物やモンスターと呼ばれそうな動物たちの襲撃も少なくはなく、思った以上に時間がかかってしまった。

だが、人間相手の戦闘が最初のガラム兵以降なかったから、まだ運はこちらにあると思っていいだろう。


(問題は、三人がどっちに進んだか……かな)

目を凝らしたが、どちらにも人っ子ひとり姿は見えない。

二又の間に横たわる木々の間を行けばいいのだが、今身を隠している所よりも木々が密集しているので、魔物に襲われたら戦いにくいのは間違いない。
あの幅ではロッドを縦にしか振るえないだろうから、複数を相手どるには危険な場所だ。

かと言って、どちらかの端を行けば反対側の道の様子はわからないし、直に道を使うのは無謀すぎる。

どちらか選ぶしかないと悩んでいた時、不意に前方から発砲音が響いた。
素早く身体を伏せ、耳を澄ませる。

続けて聞こえた銃声は、どうやら右の道の先から聞こえてくるようだ。

またガラム兵と王都兵だろうか、いや、でも王都兵を見かけたのはさっきの乱戦地までだ。
ならばガラム兵か、それとも……ルカたちなのだろうか。

期待が胸を踊る、けれど違った場合も考えて注意深くマントを巻き付け、腰を折った低姿勢のまま走り出す。

銃声の合間に人の声も聞こえるのだが、銃を撃つ音の方が圧倒的で判然としない。
かなり激しい撃ち合いなのかと懸念したあたしの予想を裏切るかのように、一匹の魔物−−あのおたまじゃくしみたいなモンスターが道の端まで飛んできた。

文字通り吹き飛ばされたらしく、勢いよく転がってくる青い物体に咄嗟に立ち止まってロッドを構えたが、魔物は起き上がる事なく砂へと変わった。

どうやら、既に致命傷を受けた後だったらしい。
でも、あの魔物が消えたという事は人間同士ではなく、モンスターと誰かが戦っているという事か。

期待と不安を胸に、けれど慎重に道へとにじり寄る。

草の隙間からチラリと見えた服はガラム兵が纏う緑でも王都兵の赤でもなく、場違いなほどに色鮮やかな青。
軍服ではありえない色に、期待で胸が高鳴った。


(もしかして……!)


時折聞こえる、まだ幼さの残る声たちに期待を後押しされ、立ち上がる。
広がった視界に、二匹の狼に似たモンスターと見覚えのある三人が映った。


―やっと、会えた―


その時に耳の奥から聞こえた声は失われたあたしのものだったのか、それとも違う誰かのものだったのか。
あたしには、わからなかった。

ただ、哀しくて、嬉しくて−−愛しくて。
奥底から溢れ出す、感情の奔流で胸が満たされていく。
気付けば、涙が零れていた。


(あれ?なんで、涙が……)


あたしの意思に関係なく流れた涙を片手で拭う。
一瞬にして溢れだした感情は、けれど今となっては霧を掴むようなものになっていて、取り残されたあたしは戸惑いと感傷にも似た余韻をもて余すばかりだった。

まるで引潮のように呆気ない程早く去っていったこの感じには、一つだけ覚えがある。

夢を見たのにどんなものだったのか全く覚えていない……多分、ルネアスと呼ばれるあの夢を見たであろう後の感じによく似ていた。
繰り返し見る、けれど目を覚ましたら忘れてしまう前世の夢。

目を覚ました後は、夢の余韻のせいか……何故だかとても物悲しくて、よく泣いてた気がする。

内容は忘れてしまっても、伴った強烈な感情だけは刻まれたままだったのかもしれない。
それほど深い哀しみだった。

あの感情は、魂に刻まれた前世の記憶なのだろうか。




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