07.離別 ( 1 / 3 ) [栞]



それはまるで、始まりを告げる胎動のようだった。


(なに?今の、っ!?)


確かに感じた微かな揺れに、あたしは閉じた瞼を直ぐ様開いた。
その刹那、遠方で数回に渡って轟く爆発音。

イリアが小さく悲鳴を上げ、警戒しながら忙しなく周囲を見回した。


「な、なにっ!?今の爆発音!!
一体、どこから……!」

「――南東だ!」


スパーダの声に空を振り仰いだ。

木々の隙間から、夕焼けの茜色とは違う真紅に染められた南東の空が見える。
視界に立ち昇る黒煙を認めた時、鳴り響くサイレンの音が微かに耳に届いた。

火事、いや火災!?

しかも、このサイレンからして多分火元はどちらかの基地のものだ。
慌てて脳内で地図を呼び起こし、南東にある物が何か思い出した瞬間、顔から血の気が引いた。

南東には王都軍の陣営、つまり班長達がいる前衛基地がある。


「火事だ!陣営の方から火の手が上がっている!」


スパーダがあげた声に、イリアも空を見上げた。
ようやく追いついたルカもそれに倣い、異様な色に染まる空を仰ぎ見る。

四人揃って空から視線を外し、顔を見合わせた。


「とにかく行ってみよう」

「あぁ、状況確認しなきゃなんねーしな」

「確認したら、とっととトンズラするわよ!」


意思を確認し合って一つ頷き、三人が同時に走り出す。
あたしも彼らの後に続いて駆け出そうとすれば、誰かに腕を掴まれて止められた。

振り返り見れば、それはチトセだった。


(……チトセ?)


チトセの意図がわからず、眉を下げて彼女を見るあたしに気付いていないのか、ただ沈黙が広がるばかりだ。
俯いている為にチトセの表情も窺えない。

何も言わないチトセが気になりつつも、次第に遠のいていく三人の足音に気が焦り、遠慮がちに彼女の手を引く。

そうしてようやく、チトセが顔を上げたのであたしは内心ホッとした。
しかし、そんなあたしの内情とは裏腹に彼女の表情は浮かばないもので、あたしも自然と唇を引き結ぶ。

チトセと向き直って顔を覗き込んだあたしの眼と、寂しさの入り交じる琥珀色の瞳が交わった。


「……リズちゃんは、ルカくんたちと行くの?」


チトセの口から飛び出した言葉に虚をつかれ、小さく目を見開く。

……行くって、ルカたちと?
憶測でしかないけれど、チトセが聞きたいのは基地までの道中ではなく、恐らく今後の事だと察しはついた。

確かにルカたちの力になりたいと思って基地を抜け出したのだが、正直そこまでは考えていなかった。

ルカたちが今後どうするのかは知らない。
でもその道に、まだ天術も使えないあたしが同行しても、迷惑にしかならないと思う。

しかし、チトセには悪いけれど、アルカ教団という組織に好感が持てないのも事実だった。

"マティウス様"という人に貰ったこの服は確かに有り難かったけれど、それだけでいい人だと判断出来るかと言われたら、分からない。
キルヴィスさんは得体が知れないというか、何だか不気味だし……何よりあたしは、楽園に行きたいとも、他の転生者に会いたいとも思えなかった。

少なくとも、アルカに入って得られる幸福に、あたしが望んだ幸せはない。


(どうしよう……)


身の振り方なんて考えてもいなかった。
でも、問われた以上は答えなければならなかったし、何よりアルカを選ばないのならばキルヴィスがいない今しか離れるチャンスはない。

Yesと答えるべきか、Noと答えるべきか……いや、そもそもあたしはどうしたいの?

そんなの決まってる、出来るものならあたしは家に帰りたい。
あの場所で家族の帰りを待ちたい。

でも現実的に考えて、今あたしがいる此所がどこなのか、どんな場所なのかもわからないまま、帰れる筈もない。


(……ああ、そっか)


まずは知らなければいけないのだ。
あたしが今在るこの場所を、あたしが此所にいる理由を。

そこにはきっと何かしらの意味がある筈で、だからこそあたしは存在しているんだと思った。

そうでなければ、あれほどの重傷で生きていられる訳がない。
もし仮に生き長らえたとしても、数日眠っただけで傷が塞がるなんて現代医学でも成し得ないなのだから。

人智でないのだとしたら、これは天術−−あの神だった頃の力が絡んでいるのではないだろうか。

そして、あたしの予感が正しければ、謎を紐解くヒントをあたしは既に掴みかけている。
恐らく、鍵は前世だ。

研究所で目を覚ましてから劇的に向上した身体能力、度々脳裏に浮かぶどこか懐かしい光景、そしてチトセやルカたちに感じた何処からともなく湧く感情。

それらを前世に繋げれば辻褄は合う。
つまり、あたしは覚醒しつつあるのだと思う。

考え込むあたしを、辛抱強く待ってくれているチトセの手に視線を落とす。

前世の事だけなら、チトセと一緒にいれば思い出せるかもしれない。
彼女は前世の"あたし"を知っているようだし、きっと記憶を取り戻したいと伝えれば喜んで協力してくれると思う。

でも、それだけではダメだ。

あたしは帰る為に、他にも知らなければならない事がある。
それを知るには……アルカでは難しいような気がした。

ならば、結論は一つしかなかった。




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