05.奮戦 ( 1 / 4 ) [栞]



鬱蒼と茂る森の中を、ただひたすら走った。


「止まれ!!そこの女!」

(いやああああ!まだ追ってくるー!!)


基地から抜け出した十数分後、早くも敵−−確かガラムとかいう国−−の兵士に見つかってしまった。
運が悪いにも程がある……!

遭遇した兵士が銃では無く剣を装備していた事、そして発見された時に彼との距離が開いていた事は、不幸中の幸いだろうか。

だが、以前に護身術を学んだとは言え素人同然の自分と現役の兵士では、比べるまでもなく圧倒的に自分が不利なのは間違いない。
何より、実践経験のないあたしにとって、武器を持つ彼は恐ろしかった。

緊張からか、もしくは恐怖からか、じっとりと滲む冷や汗で滑りそうになる荷袋の紐を堅く握り締める。


(こわい。怖い怖い怖い!
どうしよう、どうすればいいの……っ!)


気を抜けば恐怖に押し流されそうになる思考の中、護身術を教えてくれた師範の言葉を必死に思い出す。


『綾、よくお聞き。護身術はあくまで逃げる時間を稼ぐものであって、相手を倒す術ではないんだ。
逃げる事、助けを求める事、そして何よりもお前の生きたいと願う強い想いが重要なんだよ』



逃走時間の確保、これは既に追走劇の火蓋は切って落とされているから論外だ。

次、ひたすら逃げる。
これは今なお継続しているが、このままでは捕まるのも時間の問題かもしれない。

首だけ回して後方を見やれば、逃げ始めた当初よりも距離は確実に縮まっていた。

心臓が縮むような錯覚に襲われ、慌てて前を向く。
駄目だ、走るのさえ相手の方が速い。逃げ切るのは難しそうだ。

ならば、助けを求める事は……いや、それは逆効果になるかもしれない。

ここは仮にも戦場真っ只中なのだ、叫べば逆に敵兵を更に呼び寄せる事になりかねない。
一人でさえ手に余るのに、これ以上増えられたら本当にお手上げだ。


(逃げ切るのは難しい…助けも呼べない……なら、あたしはどうすればいいの…!)


あたし、まだ死にたくない。こんな場所で死ねない。

あの時、あたしは刺されて死んだのかもしれない。
でも、今こうしてあたしが存在しているって事だけは、確かな事実だ。

可能性があるなら……家に帰れるのなら、帰りたい。


(だって、だってあたしには……!!)


懐かしい笑顔が脳裏に浮かび、喉に熱が込み上げてくる。

最期まで望んだ、あの笑顔にもう一度会いたい。
あの笑顔を失いたくなくて、守りたくて、だからあたしは待っていたんだ。

きつく唇を噛み締め、弱気な思考を追い出す。

そうだ、帰りたいなら流されるままでいては駄目だ。
周囲や自分の感情に負けている場合ではない。

頼れるものが無ければ、あたしがこの手で切り開くしかないんだ。

……とはいえ、交戦すれば負けるのは目に見えている。
逃げ続けていれば、味方である王都兵に会えるかもしれないが、敵兵のガラム兵に出くわしたら終わりだ。

だったら……


(身を隠してやり過ごすしかない……!)


交戦と同等、もしくはそれ以上に危険な賭けだが、メリットも十分ある。

それにはまず、一度ガラム兵の視界から身を隠す必要があった。
その上で、隠れなければ意味がない。

でなければ、やり過ごすどころか袋の鼠になるだけだ。

素早く周囲に視線を巡らせたが、幸か不幸か、右斜め前方に大きな茂みがある他は、まばらに生える木しかない。
束の間迷ったものの、一縷の望みを託してあたしは茂みに飛び込んだ。

しかし、それは致命的なミスだった。


(うそ、崖……!?)


茂みを抜けた先、そこには切り立った崖があたしを取り囲むかのように立ち塞がっていた。
優にあたしの身長の三倍はありそうなほど高い絶壁で、とてもじゃないが飛び越えるどころか登るのさえ難しそうだ。

しまった、と顔を青ざめさせて数秒前の自分を呪うが、既に手遅れだった。

慌てて今来た茂みに戻ろうと踵を返した刹那、ガサリ、と木の葉が擦れ合う音と共に眼前の茂みが揺れた。
駄目だ、追い付かれた!

急いで茂みから距離を取った直後、ガラム兵が悠然と姿を見せた。


「ようやく追いついたぞ、女」


ガラム兵の草色の山高帽のようなハットの影で、ダークブルーの瞳が煌めく。
口の端に余裕めいた笑みさえ浮かばせつつ、彼は緩慢な動作で剣を抜いた。

ガラム兵が、サク、と一歩踏み込み、それと同時にあたしも一歩後退る。

兵士と距離を保ったままジリジリと後退するうちに、ドン、と肩が崖にぶつかった。
あたしが壁を背に動きを止めるとガラム兵も歩みを止め、武器を構えて薄く笑った。

背水の陣、いつか国語で習った言葉が頭を過ぎる。


(……やるしかない、か)


頬を冷や汗が伝う中、恐怖と緊張で早鐘のように脈打つ心臓を、深呼吸して宥める。
呼吸を落ち着かせ、邪魔になる袋を放り投げてガラム兵に向けてロッドを構えた。



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