04.脱却 ( 1 / 5 ) [栞]



列車は、幾つもの不安を乗せて走り出した。


(これが蒸気機関車、かぁ……)


窓の外を景色が瞬く間に通り過ぎて、遠ざかっていく。

思っていたよりも随分と速い。
そして、振動が大きくて椅子が固いからか、早くもお尻が痛い……ちょっと涙が出そうだ。

痛みを紛らわす為に、取り付けられた窓から過ぎ行く景色を眺めていた視線を、ふと車内へと戻す。

向かい側の席では、チトセが小さな寝息を立てて眠っている。
うわぁ睫毛長い……いいなぁ、ちょっと羨ましい。

でも、整えられた眉は苦しそうに寄せられていて、時折呻くように小さく何かを呟く様は、見ていて少し心配になる。

悪夢なのか、それとも前世の夢でも見てるのだろうか。
どちらにしろ、気持ちのいいものではなさそうだ。


(……起こした方がいいかなぁ…?)


迷いながらも手を伸ばしかけたが、昨夜はあまり寝てないとチトセから聞いたのを思い出し、触れる寸前で止めた。
よく眠ってるとは言い難いけど……せっかく眠れているのに、起こすのは忍びない。

……うん、酷くうなされるようなら起こそう。そうしよう。


(にしても……夢、かぁ……)


腰を落ち着けてもう一度外の風景を視界に映し、ぼんやりと眺めながら思い出したのは、夢の事。
“冬乃 綾”ではない、“ルネアス”と呼ばれていた自分の夢。

チトセの話を聞き、実感は湧かないけれど、あれが前世の記憶だろうと見当がついた。

おそらく、その考えは当たっている。
けれど、何を司る神であったか、どんな立場であったのかすら未だに思い出せずにいた。

あのアスラとかいう将軍が出てきた夢から推測するなら、あたしは前世であの将軍の味方だったのだろう。

けれど、"ルネアス"はあまり心を許してないようだったし、実際に味方だったかさえ定かではない。
元から味方だったのか、それとも途中で加わったのかもわからない。

何故かと言えば……確かに夢は見ていたが、実を言うと今までの夢の内容を殆ど覚えていないのだ。

偶然なのか、それとも何かしらの要因でもあったのか。
もしくは、前世のあたしが――否、あたしの魂が思い出すのを拒絶しているのだろうか?


『はぁ……』


考えても考えても答えの見えない疑問に、思わず溜め息がこぼれた。
答えを出すのを一旦諦め、再び窓の外へと意識を移せば、空は既に色を変え始めている。

久々に見る夜明けだったけれど、あちらで見ていたものと大して変わらなくて、眺めていると心が安らいだ。

緑が流れていく上で、銀の星たちは姿を消し始め、空が徐々に赤く色付いていく。
その色を見て、適性検査に連れていかれた三人が思い浮かんだ。


(大丈夫、かな……)


検査の詳細も結果も、ルカ達がどうなったのかも、あたしは知らない。

でも、三人を連れていったグリゴリは、“戦場での能力”を調べると言っていた。
それは、彼等を危険に晒す方法ではないのか。

彼等に、まだあどけなさが残るあの子たちに……人殺しをさせるつもりなのだろうか。

脳裏を過ぎった想像に、抉られたような痛みが胸を刺す。
服の胸元を強く握り締め、あたしは咄嗟に視界を閉ざす事でその想像を閉め出した。

けれど、虫でも噛み潰したような苦々しさまでは晴れなくて、強く奥歯を噛み締めた。

どうして、転生者に生まれついたというだけで、望みもしない理不尽な目に遭わなければならないの。
出生だけは誰であろうが選びようがないというのに、何故。

確かに、強すぎる力は恐ろしいと思う。

けれど、それは武器だって同じ事で、使う人や使い方次第で悪にも善にもなるものだ。
転生者全てが恐ろしい訳でもないし、良い人だっている。

転生者だって、前世の記憶と力を持つだけで人にはかわりないのに。


(どうして、わからないんだろう……)


人と違う、ただそれだけの事が不安や不信を煽り、溝を作る。
あたしも身を以てそれを知っている。

でも、それは本人にはどうしようもない事だってあって、だからこそ周囲に理解してもらう事が大切だというのに……。

王都の条例はそんな事情さえ顧みずに、戦争の為に転生者を利用して……そして、利用するだけしたら使い捨てるつもりとしか思えなかった。
検査の事からしてそうだ。兵士として使えるか使えないか、捕まった転生者はアルカに入信しなければその二択しか道がない。

そんな不条理に、あたしとそう変わらない年齢の三人がその渦中にいるかと思うとやりきれなかった。

戦場での能力を調べるという事は、適性検査とはつまり兵士としての戦力があるか調べるものだろう。
そして、ルカ達の武器を取り上げなかった事から考えれば、その検査方法はきっと実践形式に違いない。

再び浮かんだ想像は予想以上の生々しさを孕んで、あたしの中で弾けた。

爆ぜた痛みは怒りと悲しみになり、やがてそれらも境界線を失ってない交ぜになって、ひたひたと胸の内を満たしていく。
痛みにも似た苦しさが胸から喉へとせり上がり、息が詰まった。

それでも何とか細く息を吸いながら、憤【いきどお】りからか心配からか、小さく震え始めた両手の指を絡めて握る。

形式の知識しか無い粗末な祈り。
既に神もいないと言われる世界だけれど、縋るような気持ちで願う他、今のあたしは何の術もない。

だから、ただひたすらに希【こいねが】う。





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