03.幻影 ( 1 / 5 ) [栞]



夢で見た灰色の瞳は剣のような鋭さを孕み、あたしを睨みつけていた。


「なにシカトぶっこいてんだよ、あぁ?
ナメてんのか、テメェ」

(そんな事言われても……!)


声が出ないのに、どうやって答えろと言うの。
そう言い返したいけれど……悲しいかな、声が出ない故に伝える事も出来ない。

少年の喧嘩腰な口調にたじろぐあたしを庇うように、チトセが一歩前に出た。


「待って!
この子、声が出ないから答えたくても答えられないのよ」

「は?……マジで?」


こちらを見る少年に、何度も無心で頷く。

スッ、と瞳から敵意が消え、代わりに驚いたように彼の瞳が丸くなる。
そして、罰が悪そうに頭を掻いた後、「悪かった」とあっさり謝ってくれた。

思わぬ態度に、目をパチパチと瞬かせる。


(てっきり不良少年なのかと思ったけど……。根は誠実な人、なのかも)


言い訳もせずに謝罪した姿にそんな事を思い、気にしていない事を伝えようと首を小さく振って、彼に笑いかけた。

少年は暫しキョトンとしていたが、やがてニッと破顔した。


「オレはスパーダ・ベルフォルマだ」


彼、スパーダはそう名乗った。

スパーダに、"宜しく"との意味合いを込めて笑顔を返す。
あたしの隣に戻ったチトセも、簡単な自己紹介をした。


「私はチトセ・チャルマよ」

「チトセ、ね。まぁ、宜しく頼むわ」

「こちらこそ」


「で、」と会話を繋げ、スパーダはあたしに視線を投じた。

な、何だろう?
聞かれたとしても、大抵の質問に答えられないのは、目に見えているのだけど。


「こいつは?」

「私も、この子の名前は知らないわ」


二人の視線があたしに向けられる。
でも、そんなに注目されたって、言えない事には変わりない。

目のやり場に困って二人の顔を見比べるあたしを見て、スパーダが目を細めた。


「ふぅん……。
でも、いつまでもこいつだの、この子だのと呼ぶ訳にはいかねぇだろ」


呼び名だけでも決めね?と、彼は提案した。

考えてもみなかった案にあたしが戸惑う最中、チトセも「確かに不便だものね」と賛成し、思案するように瞳を伏せる。
え、何この展開。

いや、確かに呼ぶ時に困るよなー、でもどうやって伝えよう……とかチラッと考えなかった訳じゃないけど、でもあたしの意思は?

咄嗟に、提案したスパーダを見上げると、彼はあたしを一瞥して瞼を閉じる。
やがて、目を閉じたまま"リズ"と彼の唇が唐突に紡いだ。


「リズ……ってのは、どうだ?」


瞳を開き、そう言ってスパーダは口端を吊り上げる。


「あら、いいわね。どうかしら?リズちゃん」


チトセも顔を上げ、賛成票を投じたのみか、あまつさえ、あたしに話の矛先を向けた。
スパーダとチトセの視線が、再び集まる。

咄嗟に貼り付けた笑みが微かに引きつるのを感じた。


(あの、あたしには綾っていう名前があるんですけど……)


そう思うが、そんな思いが二人に伝わる筈もなく。

あたしの笑みを肯定と受け取ったらしく、スパーダが決まりだな、と笑った。
ああああ……決まっちゃったよ……。


「宜しくな、リズ」

「私も、改めて宜しくね」

あぁ、どうしよう。スパーダとチトセの笑みが眩しい。
二人とも容姿端麗だから、尚更かもしれない。

ズルイ……そんな笑顔を向けられたら、


(……今更、否定なんて出来ないよ)


いつか訂正すればいいか、と自分を半ば無理矢理納得させ、あたしは精一杯の笑顔で二人に笑いかけた。




 * * *




あたしの呼び名が決定してから数時間後、室内には沈黙が舞い降りていた。

喋れないあたしは言うまでもないが、何故かチトセとスパーダも会話らしい会話もせず、黙り込んでいた。
この状況に疲れたのか、はたまた話題が無いだけなのか、それはあたしには判断出来ない。

隣に座るチトセを、隅に座り込んだスパーダをそれぞれ一瞥する。


(何か、感じる事でもあったのかな……?)


前世の記憶は、魂の記憶だとチトセは言っていた。
それだけ、深く、強い記憶なのだと。

だから、縁(えにし)にも憎悪にも変わるのだと。


(でも、前世は前世、現世は現世。
全く違うものだと思うんだけどなぁ……)


どんな力を持っていても、どんな記憶を持っていたとしても……現世を生きる人に、前世の感情を押し付けていい理由にはならない。

楽しかった記憶を打ち明け、共有の思い出を語り合うくらいなら良いと思う。
でも、例えば憎悪だとか恋慕だとか……そういったものを押し付け、相手に何かを求めるのは、何かが違うと思うのだ。

少なくとも、あたしはそう思う。

前世でどう在ったとしても、現世のあたしは"冬乃 綾"だ。
前世も、前世の記憶も、あたしには関係ない。

……そう思うのは、あたしが殆ど前世の記憶を思い出していないからなのかな。




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