08.炎火 ( 2 / 4 ) [栞]



「ちょ、何してんの二人とも!」
「そ、そうだよ!喧嘩してる場合じゃ……」
「うっせぇ!お前らはすっこんでろ!」
「ひっ!」


仲裁しようとしたのだろう、慌ててルカたちがあたしとスパーダの間に割って入ったが、スパーダの一喝でルカが後ずさった。
その声の鋭さにあたしまで一瞬怯みそうになるが、今更後には引けなくて、唇を噛みしめて堪えながら怒りを湛える灰色を見上げる。

残されたイリアは、彼女を挟んで未だ睨み合いを続けるあたし達に頭を抱え、声を張り上げた。


「あー、もう!落ち着きなさいってば!!
ほら、リズも」
「貴様ら!そこで何をしている!」


突如響いた第三者の声に、全員が一様に振り返る。
少し離れた場所に、2つの人影があった。

走り寄ってくるそれは、威圧感のある声音に違わぬ上官らしき風体の軍人と、白い軍服の上に更に白衣をまとった衛生兵。

その一つが見知った顔で、思わず目を見張った。
煤や土埃にまみれて薄汚れていたものの、目立った怪我のないその姿に胸を撫で下ろす。

ルカたちは敵でなく味方だった事に警戒を緩め、向こうの二人も知己に会ったように険しかった表情を一変させた。


「うん?何だ、転生者部隊か。しかし、そこの女は……」
「リズ!?」


衛生兵−−医療班の班長である彼は、あたしの顔を見て驚愕の声を上げた。

やっぱりと思う一方で、黙って勝手に抜け出した負い目からか、その声が責めてるようにも聞こえて身体が強張る。
しかし、班長とあたし以外はどうして彼があたしを知っているのか知らないようで、訝しそうな視線があたし達に向けられた。


「知ってるのか、少尉」
「ハッ、我が医療班にて受け入れたアルカ信者の娘です」
「なるほどな。道理で見覚えがない訳だ」


そう呟き、あたしを一瞥した上官は周囲に視線を巡らせた。
炎と残骸、そして遺体ばかりが目立つ光景に眉をひそめ、再びあたしへと目を向ける。

厄介事を見つけたかのような目付きに、あたしは強張っていた身体を更に縮こまらせた。


「アルカの人間まで死なせたとあっては、上から何を言われるか分からんな……仕方あるまい。
少尉、この娘を連れてお前も離脱しろ」


班長に向けて告げられた、思いもよらない発言に目を見開く。
離脱しろ、という命令が指し示すのは、つまり……逃げろって事?

軍人の命令に驚いたのはあたしだけではなかったらしく、言い渡された班長も戸惑いを隠しきれない様子で口を開いた。


「よろしいのですか?」
「構わん。だが、戦況が落ち着き次第、戻ってきてもらうぞ」
「ハッ、了解しました」


ご武運を、と結んで敬礼を解いた班長は、上官に背を向けて此方へと足早に向かってくる。
迷いのない足取りから、班長が命令だと割り切ったであろう事が見て取れて、何故だか動揺した。


(ど、どうしよう……)


いや、どうするも何もあたしに選択権があるようには見えないけども。
確かに、此処から抜け出すまたとないチャンスには違いない。

けれど、あたし一人だけ逃げるだなんて何だかズルいというか……卑怯、じゃないだろうか。

そりゃあ、あたしはルカたちほど強くはないし、天術だってまだ使えない。
配属されたのも医療班で、非戦闘員としてだけども、でも全く戦えないワケではなくて。

正直言って逃げ出したいけど、残っても足手まといになるだけかもしれないけど、でも入信した覚えもないアルカの信者だからって、ルカたちが残る中を逃がされるのは……。

そんな事をぐるぐると考えている内に、班長はもう目の前まで来ていた。
判断を下しきれず、未だに動けないでいるあたしを見て、班長は少し眉を寄せ、あたしの腕を掴んだ。


「ぼやぼやしてないで行くぞ」


声を掛けられた同時に腕を引かれ、あたしの意思に関係なく身体が前へと進む。
どうやら引っ張ってでも連れていくつもりらしいと気付いた時には、既に数歩引き摺られていた。


「ちょっと待ちなさいよ!その子、あたし達の連れなんだけど!」


待ったを掛ける声に、班長が足を止める。
たたらを踏みながらも何とか踏み止まって振り向けば、彼女はあたしが先程落としたロッドを拾い上げていた。

ほら、武器だってと言いかけたイリアの言葉を遮り、"彼"の声がその場を打った。


「ほっとけよ、イリア」


そう大きくもない声だったのに、一瞬炎の音さえ退けるほど、スパーダの声はあたしの耳を穿った。

イリアが信じられないと言わんばかりの勢いで、彼を振り返る。
けれど、スパーダは彼女さえ見ずに帽子を被り直すだけで、その表情もわからなかったけれど……向き合おうとしない姿に拒絶されたような気がした。


「はぁ!?あんた、何言って」
「元々、あいつはオレ達と違って、戦いに来てんじゃねェんだ。
なら、残る理由なんて無いだろ」


言葉とは裏腹に、至るところにトゲを含んだ声が胸に突き刺さった。

あたしの身を案じて言い聞かせるような、それでいて関係ないと暗黙に突き放す発言に、彼がどれだけ怒っているのか思い知らされる。
身勝手な行為で彼を怒らせたのはあたしだというのに、背けられた顔に泣きたくなった。

けれど、ここで泣くのはあまりにも自分勝手で、でもそれ以上に卑怯としか思えなかったから、俯きながらも奥歯を噛み締めて耐える。

彼らの無事を確かめたい、出来るものなら助けになれれば、と。
そう思ってなりふり構わず飛び出したというのに、一時の感情であたしは恩を仇で返してしまったのだ。

本来の名前ではないけれど、"リズ"としての居場所をくれたのはスパーダだったのに。




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