オルゴールは回る
とりあえず、頭でも撫でようかとしゃがみ込むと、突然コーダが口を開いた。
「リズか。よろしくな、しかし」
…………なんと、この生き物喋った。
しかも、妙なイントネーションで。
(え、何これ、これがこっちでの普通なの……!?)
思わぬ事態に固まるあたしを見て、ルカが苦笑いを浮かべる。
ネズミみたいな耳と尻尾、イリアの膝までも届かない小さな体躯、更にちゃんと服まで着ている。
その上喋るだなんて、なんて不思議な生き物だろう。
そして……何処となく可愛いと思ってしまうのは、どうしてかな。
そんな感想を心の中で並べながら、しゃがみ込んでコーダに手……いや、この場合は指になるのか?
まぁ、とにかく手を差し出し、ルカ達と同じように握手を交わす。
握った手が思った以上に小さくて、その可愛らしさに思わず笑った。
思いがけずに和んでいた時、穏やかな雰囲気を切り裂くように軋みを上げて扉が開いた。
その音に、弾かれたように顔を向ける。
その先には、予想通りグリゴリの姿があった。
「これより適性検査を行う。
スパーダ・ベルフォルマ、イリア・アニーミ、ルカ・ミルダ。以上3名は出ろ」
グリゴリから告げられた言葉に、耳を疑った。
適性検査、というのが何なのかはわからないが、何故スパーダ達だけ呼ばれるのだろう。
あたしとチトセは?
皆の顔を代わる代わる見ていると、眉を下げた困り顔のルカと目が合った。
その瞳が"どうして"と訴えかけていたが、あたし自身も理由はわからない為、彼と同じように眉を下げるしかない。
ルカとアイコンタクトを交わしていると、再びグリゴリがルカの名を呼んだ。
肩を跳ねさせ、彼が引きつった返事を返す。
ルカと共に廊下を見れば、既にイリアとスパーダは物凄く不服そうだが、二人とも牢を出ており、ルカも慌てて彼等の元へと向かった。
ルカが牢を出た後、重々しい音を立てて扉が閉められる。
再び閉ざされた扉の前まで駆け寄り、そっと鉄格子の隙間から廊下を覗……こうとした。
しかし、残念ながらグリゴリも含め、全員の頭部しか視界に入らない。
うう……背が低いのってこういう時は損だよなぁ。
仕方なく覗く事を諦め、四人の会話に耳をそばだてる。
……でも、これって端から見たら怪しい、よね?
ふと疑問が浮かんでそっとチトセを窺ったが、彼女も心配そうに扉を見つめているだけで気にしてる様子はなさそうだから、気にしない事にしよう、うん。
「ああ?検査だと?何やらされんだよォ」
気だるそうなスパーダの声に、再び耳を澄ます。
「戦場での能力を検査する。詳細は話せない」
「はっ!上等じゃねーか」
戦場、という物騒な言葉に思わず息を呑んだあたしとは反対に、スパーダは息巻いた。
……なんで微妙に楽しそうなの、スパーダ。
そこは普通嫌がるか怖がるところだよ?
そんなに鬱憤溜まってたのかな、と少し場違いな考えを巡らせるあたしも、スパーダと大して変わらないのかもしれない。
「あの……」
「何だ」
そんな中、ルカが遠慮がちに声を上げた。
「チトセさんやリズ、さんは来ないんですか?」
(あっ、あたしもそれ聞きたかった!ありがとうルカ……!)
心の中で密かにルカに称讃を送る。
そのルカの質問に、グリゴリは「アルカは知ってるな?」と質問で返す。
グリゴリの質問に、複雑そうにルカが肯定の返事を返すと、グリゴリは一つの事実を話した。
「アルカ入団希望者には検査は行われない。お前らは入団を希望するか?」
「あ、そ、それなら」
「だーれが入団するもんですか!」
ルカの声に、イリアの否定の言葉がかぶさった。
引き継ぐように、スパーダも「ったりめーだ!」と当然の如く全否定を示す。
その様子を見て諦めたのか、ルカの重い溜め息が聞こえた。
(あああ、ルカ……!)
確かに、これは諦めざるを得ない。
でも、よりによって血の気が有り余ってるあの二人に、板挟みされちゃったルカがあまりに不憫すぎて目頭が熱くなる。
「あ、でも、リズさんは?リズさんも入団を希望したんですか?」
ルカの質問ではた、と気付いた。
もちろん、あたしはアルカへの入団を希望した覚えはない。
念の為、此所で目覚めた以降の記憶を洗ってみたが、やはりそんな記憶は一片もない。
こういった施設で融通利きそうな知り合いもいないし、そもそも"ここ"にあたしの知り合いがいるかどうかさえもわからないけど。
唯一あたしが知るアルカの関係者といえば、入団を希望しているらしいチトセくらいだけど、彼女は人の意見も聞かずに勝手をするような人ではないと思う。
考え得る限りの可能性を考えたが、やはりどうにも心当たりが見つからない。
なら、何故?その答えは意表を突くものだった。