07.離別 ( 2 / 3 ) [栞]



(……ごめんね、チトセ)


ルカたちに着いていく云々の是非はとりあえず置いておくとしても、やらなければならない事を知った以上、アルカには行けない。
よくしてくれたチトセには申し訳なくて堪らなかったけれど、抜け出すチャンスはきっと今を除いて無いと思うから……もう一緒には行けなかった。

伝えなければ。チトセには、いや彼女だからこそ伝えなければいけない。

意識して息を吸い、吐き出す。それだけの動作でも胸が痛んだ。
それでも、その痛みを呑み込んでチトセの手を取り、そして彼女と目を合わせる。

今のあたしは言葉では話せない、だから誤解を招く覚悟の上で眼で語るしかなかった。


「リズちゃん……!」


一瞬、喜びに輝いた琥珀色が変わらないあたしの表情を映して揺れ、やがて哀しみと淋しさに満ち充ちていく。
目の前で、多分傷付いた瞳をまざまざと目にして、あたしも良心が削り落とされるような苦痛に襲われた。

でも、傷付けたのは、期待させて裏切ったのは間違いなくあたしで、だからあたしが傷付くのはお門違いだ。

きっとチトセの方がずっと痛い、傷付けたあたしとチトセの痛みを一緒にしてはいけない。
引き結んだ唇を噛んで堪えながら、それでも視線は外さずにチトセを見つめる。

しかし、ふとチトセの視線が逃れるようにあたしから逸らされた。

それが少しだけショックで、細い指に触れる手に僅かに力が籠る。
やっぱり無理なのかと諦めが差した時、彼女の声がそっと耳に滑り込んだ。


「……行っちゃうのね」


疑問系ではなく断定である事に、あたしの真意が寸分の狂いもなく伝わった事を悟る。
けれど喜びよりも、その声に含まれた哀惜と寂寥に心が揺れた。

呼吸一つ置いて何とか首肯したあたしに、チトセがようやく顔を上げる。


「そうよね……行くつもりがないなら抜け出さないものね。
ごめんね、変な事聞いて」


寂しさを隠しきれない笑顔が、チトセの本音がそこにない事をありありと物語っていた。
無理をして作ったであろう表情に、今度こそあたしは耐えきれなくなって俯いた。

それでもチトセが悪い訳ではない事をわかってもらいたくて、俯いたまま首を振る。

謝らなければならないのは、あたしの方だ。
あれほどよくしてもらっておきながら、お礼さえ言えないまま彼女のそばを離れようとしている。

謝らないでと、チトセは悪くないのだと、そう言いたいのに……伝えられない事がもどかしい。

俯いたままのあたしの手に、チトセの手がそっと重ねられる。
そして、あたしが握っていた手をやんわりと解き、優しく両手で包み込んだ。


「いいの……今はいいの、リズちゃん。
思い出せたら、きっと分かってくれるって信じてるから」


チトセの言葉に顔を上げる。
彼女はやはり笑顔のままで、けれど先ほどとは違う確固たる芯を持った意思を感じた。

けれど、チトセの言葉は未だに記憶の殆どを眠らせたままの今のあたしには理解出来ず、ただ疑問だけが渦巻く。

分かってくれるって、何を?
何を思い出したらチトセを理解出来る?

答えを持たないあたしはそれを消化する手立てもなく、あたしの選択を受け入れてくれたチトセをただ見つめるしかなかった。


「リズちゃん、気を付けてね。危ないと思ったら、すぐに逃げて。
……お願い、死なないで」

「……っ」


澄んだ琥珀色に見つめられて、思わず息を呑む。
チトセの目があまりにも真剣で、切実で、気圧された。

それは会って二日と経っていない人間に向けるような気持ちではなくて、戸惑いもしたけれど、その気持ちは理解出来た。

多分、数時間前のあたしと同じ眼をしているだろうチトセに、ぎこちなく、だけど確かに頷く。
それを見て、チトセは安堵したように息を吐き、破顔した。


「じゃあ、"また"ね……リズちゃん」


静かに手を離され、彼女を置いていく事に躊躇いながらもチトセに背を向けて走り出そうとして、一度だけ振り返った。

見送ってくれるつもりなのだろう、姿勢を正してこちらを見る彼女は儚げで、でも凛としていて、その立ち姿に胸が暖かくなる。
せめてもの気持ちで笑顔で小さく手を振れば、チトセも目を丸くした後に微笑みながら振り返してくれた。

それを確認してもう一度笑い、今度こそ前を向いて走り出す。


(チトセ、"またね")


別れの言葉ではなく、再会を願う言葉を胸に、あたしはルカたちを追いかけた。




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