05.奮戦 ( 4 / 4 ) [栞]



殺したんだと思う。
あたしが殺したから、あの狼はきっと消えたのだ。

ようやく痺れが薄れてきたこの両手で、あたしは動物の頭を割ったんだ。

背筋を怖気が走り、立っていられなくなって座り込む。
思わずロッドを手放して自分の肩を抱いたが、怖気は増すばかりで一向に去ってくれなかった。


(あの時……)


恐らく、少しでも遅かったら狼ではなくあたしが死んでいた。
だから後悔はしていない。

けれど、命の危機だったとしても……一切の躊躇いもなく武器を振るった自分が怖かった。

この身体能力だってそうだ。
前のままだったなら、きっと一撃目をかわす事さえ出来なかったに違いないのに、あまつさえ殺してしまうほど力まで強くなってるだなんて。

研究所で目が覚めてから、何だかどんどん自分が自分でなくなっていくような気がして、怖かった。


(あたし、一体どうしちゃったの……?)

「う……」


不意に聞こえた唸り声に、びくりと肩を震わせる。

顔だけ振り返って見れば、兵士が身動ぎをしていた。
まさか目を覚ました……!?

頭では警鐘が鳴り始めていたがすぐには動きだせなくて、ただただ男の顔を凝視する。

ハッキリとは見えないが、少なくとも眼を開けてはいないと思う。
けれど、それも時間の問題だろう。


(に、逃げなくちゃ……!)


目を覚ましたら、きっとまた戦わなければならない。
さっきみたいに上手くいくとは限らないし、何よりもし狼との時のように加減を忘れてしまったらと思うと恐ろしくて堪らなかった。

完全に目を覚まさない内に、少しでも早くこの場を離れないと……!

ロッドと荷袋の紐を引っ掴み、近場の茂みへと飛び込む。
音を気にする余裕もなくて、ひたすら全力で走り抜けた。

木立の中を走って、走って、息が続かなくなるまで走ってようやくあたしは足を止めた。

荒い息を整えながら、後ろを窺う。
見える範囲に動く影はなく、遠くから聞こえる銃声以外に物音もしない……どうやら無事に逃げられたらしい。

深々と息を吐き出したあたしは、安堵のあまりくずおれるように座り込んだ。

暫くそのまま、ただただ自分の呼吸音と心音だけを聞いていた。
次第に呼吸は平常のそれに戻っていったが、心臓はなかなか落ち着かなくて、荷袋を手放して片手を胸元に当てる。

服越しに伝わる硬い感触に慰められ、少しだけ気分が落ち着いた。

首もとから垂れるチェーンを手繰り寄せ、それを引っ張り出す。
姿を現した飾り気のない銀色のロケットを直に手に取れば、心が徐々に凪いでいった。

何の変哲もないロケットだけれど、あたしに残された数少ない形見であり、そして唯一の繋がりだった。


(お父さん、お母さん、稜穂……)


目を閉じて、今となっては写真と思い出の中でしか会えない両親と妹の顔を思い浮かべる。
……大丈夫、まだハッキリと思い出せる。

あたしは、"冬乃 綾"だ。両親と妹を持つ、人間だ。

力を持っていても、生き物を……殺してしまっても、それは変わらない。
変わる事は、ないんだ。

目を開いた先に、無造作に投げ出された荷袋を見つけ、あたしはロケットから手を離した。

見失いかけた目的、そして同時に研究所で最後に見た背中を思い出す。
あの三人もこんな、いやそれ以上の思いをしてるのだろうか。


(っ、しっかりしなきゃ……!何の為にあたしはここまで来たの!)


空いてる片手で頬を叩き、気持ちも新たに荷袋の紐を掴もうとした時、耳障りな羽音が空気を震わせた。

顔を上げて音の先を辿れば、人の頭ほどもありそうな巨大な蜂が数匹、唸りをあげて飛んでいる。
右手に握り締めたままのロッドの感触を確かめ、あたしは静かに立ち上がった。

力を振るう事に、もう迷いはなかった。

恐怖が消えてなくなった訳ではない。
けれど……失うくらいなら、怖くても恐ろしくても構わなかった。

取り残される絶望、そんなものに比べれば恐怖の方がマシだ。

だから、怖くても恐ろしくても、歩みだけは止めないでいよう。
それが次に繋がる事を願って、歩いていきたい。

だから、


(恨みなんて無いけど……襲ってくるなら容赦はしないよ)


あたし目掛けて一斉に飛来する蜂に狙いを定め、ロッドを振り切った。




 to be continued...



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