04.脱却 ( 2 / 5 ) [栞]



(どうか、無事で……っ)


三人の姿を思い浮かべ、組んだ両手に力を込める。
今は祈るくらいしか出来ない自分が歯痒くて仕方なかった。

とりあえず合格不合格関係なく、怪我など無い事を願……いや、ちょっと待って。

不意に感じた違和感に、あたしは思わず手を解き、脳内でそれをなぞった。
思考を振り返り、明確な言葉を探す。

怪我は勿論無い方がいい、ならば検査の合否の方だろうか。

“合格、不合格関係なく”……本当にそれで無事と言えるのか?
合格すれば当然のように戦場に放り込まれるだろうが、不合格の場合はどうなるのだろう。

兵力としての価値がないと判断された転生者は、どうなる?

グリゴリが告げた“検体の使用方法”で残るのは……。
残された選択肢に気付き、あたしは愕然とした。

兵器の原料になれと……戦えないのなら、戦争の為に命を差し出せと言う事なのか。

兵士としてなら、生き残れる可能性もあるだろう。
だが、動力源にされた転生者は?

人をエネルギー源にするならば、それはその人の命を削る事に他ならないのではないか。


(もし、検査に落ちたら……!)


思わずその末路を想像してしまい、悪寒が背筋を這い登り、肌という肌が粟立つ。

貪り尽くすかのような、どこまでも利己的な制度に吐き気さえ覚えた。
人を人とも思わない残虐な決まり……これが国の法律だというのだから、救いようがない。

だったら、せめて……せめてルカ達は合格していて欲しい。

不合格になれば、どんなに足掻こうと自分で道を切り開く事さえ出来ず、一方的に閉ざされてしまう。
しかし、合格すれば兵士として多少なりとも動けるようになる。

そうなれば、いずれ逃げるチャンスも必ず訪れる筈だ。

きっと、それまでに多くの人を殺さなければならない。
それはきっと、三人にとって……特に温厚そうなルカにとって過酷なものになるだろう。


(あたしは……あたしには、何か出来ないかな……)


考え込んでいる内に姿を現したらしい太陽を視界に入れ、目を細める。

あたしは彼等の事さえ殆ど知らない、それは彼等だって同じだ。
赤の他人と言ってもいいほど、関係らしい関係もない。

実際、三人と過ごしたのは、ほんの僅かな時間だったけれど、彼等の優しさに触れるには充分だった。

ルカは、見ず知らずのあたしを心配してくれた。
イリアは、不安を吹き飛ばそうと明るく笑いかけてくれた。

スパーダは、名も名乗れなかったあたしに呼び名をくれた。

だから、あたしも少しでも彼等の力になりたい。
自分一人の力なんてたかが知れてるけれど、あたしに出来る事があれば、出来る事があるなら行動したい。

彼等が検査に合格したかも分からないけども、もし再会出来たなら……


(あたしに出来る精一杯をしよう)


それが、彼らの手助けとなる事を願って。

静かに決意を固めたあたしを鼓舞するように、汽笛が鳴り響く。
戦場はすぐそこまで近付いていた。





 * * *



太陽が昇り切ってから数時間後、西の戦場の王都軍前衛基地へと機関車が滑り込んだ。
甲高いブレーキ音を響かせ、ゆるゆると減速していく。

木立の深緑に天幕らしき薄汚れた白が混じり、やがて白の割合が増えていく。

さながら白い森のような陣営を忙しなく行き交う黒や白は、多分王都軍の兵士だろう。
黒は兵士で間違いないと思うが、白は何だろう……治療専門の兵士とかかな?

窓の外を観察している内に、ガクンと列車が大きく揺れて止まった。

完全に停車したのを確認し、よろけながらも立ちや上がる。
ほんの少し前に目を覚ましたチトセはといえば、寝起きとは思えないしっかりした足取りでスッと立つもんだから、少しばかり恥ずかしかった。


「ふふっ、大丈夫?」


し、しかも見られてた……!
チトセに微笑みながら尋ねられて、頬が熱くなる。

気恥ずかしさを紛らわしたくて曖昧な笑みを浮かべて頷いた時、車両の連結部の扉が開いてキルヴィスが姿を見せた。

運悪く目が合ってしまい、表情が凍りつくのが自分でもわかった。
あまりにあからさまだったであろう急変にチトセも気付き、振り返ってあたしの視線の先を確認。

さすがのチトセも複雑そうな顔で、咎めるようにあたしの呼び名を呼んだが、それでも彼に悪いと思う気持ちにはなれなかった。

そんな気まずい空気の中、未だにキルヴィスは薄笑いとも表現出来る笑顔のままで、ますます薄気味悪さが募っていく。
先ほど集まっていた熱でさえ一瞬で冷めてしまったくらいだから、あたしの中で彼は相当苦手なんだと改めて痛感した。



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