オルゴールは回る
(どうか、無事で……っ)
三人の姿を思い浮かべ、組んだ両手に力を込める。
今は祈るくらいしか出来ない自分が歯痒くて仕方なかった。
とりあえず合格不合格関係なく、怪我など無い事を願……いや、ちょっと待って。
不意に感じた違和感に、あたしは思わず手を解き、脳内でそれをなぞった。
思考を振り返り、明確な言葉を探す。
怪我は勿論無い方がいい、ならば検査の合否の方だろうか。
“合格、不合格関係なく”……本当にそれで無事と言えるのか?
合格すれば当然のように戦場に放り込まれるだろうが、不合格の場合はどうなるのだろう。
兵力としての価値がないと判断された転生者は、どうなる?
グリゴリが告げた“検体の使用方法”で残るのは……。
残された選択肢に気付き、あたしは愕然とした。
兵器の原料になれと……戦えないのなら、戦争の為に命を差し出せと言う事なのか。
兵士としてなら、生き残れる可能性もあるだろう。
だが、動力源にされた転生者は?
人をエネルギー源にするならば、それはその人の命を削る事に他ならないのではないか。
(もし、検査に落ちたら……!)
思わずその末路を想像してしまい、悪寒が背筋を這い登り、肌という肌が粟立つ。
貪り尽くすかのような、どこまでも利己的な制度に吐き気さえ覚えた。
人を人とも思わない残虐な決まり……これが国の法律だというのだから、救いようがない。
だったら、せめて……せめてルカ達は合格していて欲しい。
不合格になれば、どんなに足掻こうと自分で道を切り開く事さえ出来ず、一方的に閉ざされてしまう。
しかし、合格すれば兵士として多少なりとも動けるようになる。
そうなれば、いずれ逃げるチャンスも必ず訪れる筈だ。
きっと、それまでに多くの人を殺さなければならない。
それはきっと、三人にとって……特に温厚そうなルカにとって過酷なものになるだろう。
(あたしは……あたしには、何か出来ないかな……)
考え込んでいる内に姿を現したらしい太陽を視界に入れ、目を細める。
あたしは彼等の事さえ殆ど知らない、それは彼等だって同じだ。
赤の他人と言ってもいいほど、関係らしい関係もない。
実際、三人と過ごしたのは、ほんの僅かな時間だったけれど、彼等の優しさに触れるには充分だった。
ルカは、見ず知らずのあたしを心配してくれた。
イリアは、不安を吹き飛ばそうと明るく笑いかけてくれた。
スパーダは、名も名乗れなかったあたしに呼び名をくれた。
だから、あたしも少しでも彼等の力になりたい。
自分一人の力なんてたかが知れてるけれど、あたしに出来る事があれば、出来る事があるなら行動したい。
彼等が検査に合格したかも分からないけども、もし再会出来たなら……
(あたしに出来る精一杯をしよう)
それが、彼らの手助けとなる事を願って。
静かに決意を固めたあたしを鼓舞するように、汽笛が鳴り響く。
戦場はすぐそこまで近付いていた。
* * *
太陽が昇り切ってから数時間後、西の戦場の王都軍前衛基地へと機関車が滑り込んだ。
甲高いブレーキ音を響かせ、ゆるゆると減速していく。
木立の深緑に天幕らしき薄汚れた白が混じり、やがて白の割合が増えていく。
さながら白い森のような陣営を忙しなく行き交う黒や白は、多分王都軍の兵士だろう。
黒は兵士で間違いないと思うが、白は何だろう……治療専門の兵士とかかな?
窓の外を観察している内に、ガクンと列車が大きく揺れて止まった。
完全に停車したのを確認し、よろけながらも立ちや上がる。
ほんの少し前に目を覚ましたチトセはといえば、寝起きとは思えないしっかりした足取りでスッと立つもんだから、少しばかり恥ずかしかった。
「ふふっ、大丈夫?」
し、しかも見られてた……!
チトセに微笑みながら尋ねられて、頬が熱くなる。
気恥ずかしさを紛らわしたくて曖昧な笑みを浮かべて頷いた時、車両の連結部の扉が開いてキルヴィスが姿を見せた。
運悪く目が合ってしまい、表情が凍りつくのが自分でもわかった。
あまりにあからさまだったであろう急変にチトセも気付き、振り返ってあたしの視線の先を確認。
さすがのチトセも複雑そうな顔で、咎めるようにあたしの呼び名を呼んだが、それでも彼に悪いと思う気持ちにはなれなかった。
そんな気まずい空気の中、未だにキルヴィスは薄笑いとも表現出来る笑顔のままで、ますます薄気味悪さが募っていく。
先ほど集まっていた熱でさえ一瞬で冷めてしまったくらいだから、あたしの中で彼は相当苦手なんだと改めて痛感した。