01.序章 ( 2 / 4 ) [栞]



(でも、)


不意にルネアスは先見の結果を思い出し、アスラから視線を外して瞳を伏せた。
もうじき訪れる天上人の滅亡……それはアスラとて例外ではない。

この掌も、もうすぐ失ってしまうのだ。

そう思い至ると、覚悟していた筈なのに胸が締め付けられるように痛んだ。
戒めるように強く、ルネアスは衣の上から左胸を押さえ付ける。

失いたくないと叫ぶ心を、悲しいと震える心の臓を押さえ付け、深く、深く意識の奥底まで気持ちを沈める。

望んでは、いけない。
それだけは、決してならないのだ。

俯いたルネアスに、アスラは『大丈夫だ』と囁くように告げた。


『恐れる事など何もない。俺がこの世界を変えてみせる。
だから、恐れるな』

『アスラ……』

『友との約束を破ったりはせん。
信じろ、ルネアス。友である俺を信じるんだ』


見上げた彼は、ルネアスを安心させようとしたのか、静かに微笑んでいた。
その笑みに目を細める彼女の頭をもう一度撫で、『サクヤが心配していたから早く戻れ』と告げて、アスラは悠々と踵を返す。

遠ざかる友の背中を見えなくなるまで見送り、ルネアスは滲み出た涙でたわみ、歪んでいく視界をそっと閉ざした。


(駄目なの……このままでは駄目なのよ、アスラ)


届いて欲しい思いは声に変わる事すら無く、雫と共に風にさらわれて消えていった。






「……ん、」


寝返りを打ち、ゴツンと何かにぶつかった衝撃で目が覚めた。
あまりの痛みに、暗闇の中で火花が散ったような気さえする。


「……ッいったぁ……」


痛む額を押さえながら目を開くと、涙で滲む視界に目覚まし時計らしき物が映る。
痛みの原因はこれか。

寝起きながらも何となく状況を理解し、眠りを妨げた元凶へと手を伸ばす。

まだ瞼がくっつきそうな目を擦って確認出来た時刻は、21時過ぎだった。
どうやら、学校から帰ってベッドに寝転んだ際に、眠気に負けて寝てしまったらしい。

御飯すら食べてない事に思い至り、思い出したようにお腹の虫が空腹を訴えた。


「……お腹、空いたなぁ……」


額を押さえながらむっくりと起き上がるが、今から晩御飯を作る気になど到底なれない。

どうしようかと思案する最中、カサリと乾いた音が耳に届いた。
何気なくそちらを見やれば、枕元に放置されたチラシがあり、ふと最近オープンしたばかりのファミレスを思い出す。

紙面に踊る24時間営業の文字と、食欲をそそる数々の写真に心の秤がグラグラと揺れた。


(うーん……まぁ、いっか。
お金はかかるけど、此所で済ませちゃお)


時間が時間なだけに少し迷ったが、目覚め時の倦怠感に負け、外食で済ませる事に決めた。
カロリーだとか時間帯だとかは、今は考えない事にしよう。

さすがにこの時間は冷える上に制服では目立つので、私服に着替え、財布や携帯、ハンカチなど最低限のものを、使い慣れたバッグに詰め込む。
ついでに鏡の前で襟と髪を整えて、準備は完了だ。

玄関でブーツへと足を通して照明を消し、いとも簡単に闇に包まれた2LDKを振り返った。

誰もいない一室……"あたし"しかいない、部屋。
それにはもう慣れてしまった筈なのに、寂しさを覚えた自分に苦笑した。


「……行ってきます」


決して返ってくる事のない挨拶を呟き、外へと繋がる扉を開ける。

外は思った通り肌寒く、夜中である事も手伝ってか、やけに静かだ。
聞き慣れた車の走行音すらなく、あたしは首を傾げながら閉じたドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。

都心から離れているとは言え、この時間ならば車の通りもまだ多少はある筈なんだけれど……今日、何かあったのだろうか?
しかし、特に思い当たる節もない。

不思議に思いながらも、お腹の虫の催促に負けたあたしは、戸締まりの確認を終えて足早にマンションを後にした。

さて、何を食べようか。
心持ち早めに歩きながら、遅い晩御飯のメニューを改めて考える。

カルボナーラ、ネギトロ丼、ピザ、ステーキ……いや、いっそカレーってのもいいかもしれない。

カレーは一回したら暫くはカレー三昧になってしまうから、なかなか作れなくって、ここ数ヶ月は食べてない。
それは、他のメニューだって同じなのだけれど。

でも久々の外食だし、せっかくだから普段作らないものを選びたいから悩ましいところだ。

まだレストランにも着いてないのに考えるのは早過ぎるかなと一瞬思うも、やはりお預けを食らっていた食欲には勝てそうになかった。
そんな下らない事を考えながらヘラリと笑い、ふと空を見上げた。




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