06.相違 ( 5 / 5 ) [栞]



不意に、チトセがイリアへと顔を向けた。

その眼が異様なほどに冷めていて、目を疑った。
チトセがあんな、敵意さえ垣間見えるほどの眼をするとは思えなくて、大きく瞬きを繰り返す。

しかし、琥珀の瞳に浮かんだ冷たい光は次の瞬間にはまるで無くて……やはり、気のせいだったのだろうか。

疑問を残しながらもそう思い直そうとした時、チトセの唇が小さな弧を描いた。
そして、瞬きもしない間に、ルカに身を触れんばかりに身体を寄せた。

イリアから言葉にならない奇声があがる。

ルカは寄り添うチトセを意識していないのか、そのままの体勢で首を傾げた。
あれ、もしかしてルカって案外鈍い?


「……??どうしたの、イリア?」

「ああああのね!とにかく、ここを動かないと!
ほら、アレよ!忙しくなるでしょ?色々と!ね、リズ!?」

(え!?)

「ね!?」


いきなり話を振られて心底困るあたしに、顔を引きつらせながら肯定を催促するイリアが怖くて、無心で何度も頷いた。

その強制させた返事に「ほら、リズもそう言ってるし!」とイリアがどこか焦りながら、両手を広げて早口で捲し立てる。
なんとか危険な事態を免れた事にホッとしながら、ルカよりもイリアの反応の方が大きい事に、訝しげに首を傾げる。

もしかして、


(イリアも、ルカの事を……?)


多分、まだ意識しているだけだと思う。
けれど、あたしの予想が当たっていればチトセとイリアは恋敵になる訳だから、見事な三角関係の完成だ。

おまけに、今までの二人を見る限りイリアもチトセもお互いに良い感情を持っていないようだし……うーん、何だかややこしい事になってきたなぁ。

どうしたものかと眉を寄せていると、大きな掌がポンと頭に乗せられた。
見上げた先には、緑髪の不良。

スパーダの意図がわからずに首を傾ければ、何故か頭をポンポンと叩かれた。

なんで今これ?
もしかして……あたし、子供扱いされてる?


「そうだな。オレ達も一旦戻って身体を休めておこうぜ」

「そーだ。食う事を怠ってはいかんのだ、しかし」

「そうですわね」


一人と一匹の意見にチトセが答え、ルカから離れて振り向いた。

その様子を見て、イリアが安堵したように小さく息をつく。
チトセは表情一つ変えずにイリアに視線を投じたが、すぐさま微笑みにすり変わった。

……どうやら、さっきの氷のような眼差しは気のせいではなかったらしい。


「では拠点にて、皆様をおもてなしさせていただきます」


そう告げて、先頭をきってチトセが歩きだす。

"飯だな"と騒ぎながらコーダが続くのを見て、未だに頭に置かれたままの掌の持ち主を見上げれば、ポンと頭をもう一度叩かれた。
……やっぱり、これって子供扱いだよね。


「ほれ、行こうぜ」


あたしの複雑な心境など知らず、スパーダも先に歩いて行ってしまった。
彼に促されたものの、ルカたちはどうするのだろうと戸惑って二人を一瞥すると、何やら話があるようだった。

うん、ここは黙って邪魔者は消える事にしよう。

小さく微笑んで心の中でエールを送りながら、先を行く二人と一匹を小走りで追いかける。
そんなに離れてなかった為に間も無く追いつき、速度を落としてスパーダの横を歩きながら思考に浸る。


(……にしても、どうしよう……)


三人の手助けをと勇んで出てきたのに、会ってすぐに戻る羽目になるとは思わなかった。

自分はスパーダ達やチトセとは違い、物資を失敬した上に抜け出して来た身なのだ。
そう、ノコノコと帰っていいものなのだろうか。

若干俯きながら悩んでいると、唐突にわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられた。

わわっ、髪が!
抗議するように髪を両手で押さえ、キッと犯人を見上げる。

しかし、睨んだのが逆効果になったのか、思い切りスパーダが吹き出した。


「ウヒャヒャヒャ!なんだその髪!」

『スパーダがやったんでしょ!!』


そう叫んだつもりだったが、「あ〜?聞こえねーなぁ」とニヤニヤされるだけで終わった。
絶対分かってて言ってるよこの確信犯!

軽く頬を膨らまし、笑い続けるスパーダを恨めしげに睨みながら、乱れに乱れた髪を手櫛で梳(す)く。

しかし梳き終わった途端、またもわしゃわしゃとかき乱されてしまった。
早くもあたしの努力が水の泡だ。

もうホント何なの、なんだか図体のデカい子供に悪戯されてる気分になってきた。

無言の抗議を試みる為にスパーダを見上げたが、そこには先程の意地の悪い笑顔とは違う笑みがあって。
その思いの外柔らかい表情に思考が霧散する。


「心配すんなよ。チトセだって抜け出して来てんだし、大丈夫だっての」


言葉と共に、再び優しい体温が頭の上に降りる。

不意を突かれ、動きが止まるあたしの頭を先程より若干−−本当に、ほんの少しだけ優しく撫でて、スパーダは笑った。
その笑顔が眩しくて、思わず目を細める。

最後に一度軽く叩き、スパーダの手が離れていく。

あたしが顔を上げるのと同時に、話が終わったらしいイリアがこちらに来るのが見えた。
彼女の姿を目にして、動きかけた腕が静止する。

スパーダもイリアに気付き、彼が何食わぬ顔で話を聞きに行くのを横目で見ながら、ゆっくりと髪を梳く。

その時、偶然にも先程撫でられた部分に指先が触れて、梳く手が止まった。
まだ感触が残るそこに、そっと指を重ねる。


(……なんで、わかったんだろ……)


ぼんやりと、先程の事を思い出す。

触れられた所の感触も、スパーダの手袋越しの温度も、間近で見た彼の笑顔も。
全てが……心地、よくて。

離れていく手が名残惜しくさえ感じて、思わず手を伸ばしかけた。

思い出してしまったら、何故だかそれが妙に生々しく感じて羞恥心が込み上げる。
スパーダはただあたしを安心させようとしてくれただけであって、他に他意はなかった筈だ。

だというのに、あたしは何をしようとした……!?


(タイミングよくイリアが来てくれて、本当によかった……)


熱を持ったように、頬が熱い。
俯けた顔を隠すように、下ろしたままの髪がサラリとこぼれた。

恥ずかしい。力になりたくて来たのに逆に助けられた上、あまつさえその厚意に甘えようとしただなんて……!

この半日で色々あって弱気になっていたのは確かだが、だからといって会って間もない相手に甘えるだなんて失礼にも程がある。
家族にさえ、甘やかされていた事は少なからずあれど、自分から甘える事はあまり無かったというのに。

そうして、ふと思い出した日々はもう遠い昔のように感じられて、少しだけ泣きたくなった。


(……頭、撫でられるの……いつぶりかな……)


さっきと同じように、頭を撫でてくれた大きな掌を思い浮かべ、少しだけほろ苦くて哀しい気持ちが蘇る。

それを振り払いたくて、穏やかな記憶だけを思い出したくて。
忘れていた、遠く、優しい過去に浸ろうと、静かに目を閉じた。

―――その瞬間、大地が震撼した。




( 戻る )


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -