06.相違 ( 4 / 5 ) [栞]



「はは!!勝った勝った!イリアを守ったぞ……。
僕はアスラなんだ。この僕がラティオの雑兵なんかに負けっこないんだから」


熱に浮かされたように、あるいは心底楽しそうに言う彼に足元が崩れ落ちるような衝撃を覚えた。

信じられない光景だった。
あの優しい少年が、人を殺して、それを喜ぶだなんて。

強大な力に酔っているのか、それとも人殺しの快感に目覚めてしまったのかは定かではないが、どちらにしろ、信じたくなんてなかった。


「はは……、ははははははっ!」


恍惚とした表情で哄笑するルカを、呆然と見つめる。
その姿に、研究所での弱々しくも優しく微笑んでいたルカの面影は欠片もない。

両手を広げ、仰向いて高笑いする彼には、一体何が見えているのだろう?

瞬きをした弾みで、瞳からあふれた雫が零れて頬を伝う。
涙でたわんだ視界の中でもわかるほど肩を震わせていたイリアが、叩き付けるような怒声を上げた。


「あんたねェッ!!」

「何?どうしたの?」


イリアの反応が心外だったのか、ルカは弾んだ声のまま不思議そうに問い掛けた。
彼の様子を見てイリアは腕を組み、


「……ちょっと変じゃない?」


と、冷水のような声を浴びせた。

イリアの後ろにいるあたしから、彼女の表情は見えない。
けれど、ルカに睨むような厳しい眼光を向けているのが、彼女の背中から伝わった。


「戦場とはいえ、人の命を奪ってんのよ?あんなに戦場に出るのを怯えていたじゃないの。
人を殺して、そして高笑いなんて……、あんた、どうかしてるっ!」


イリアに突き付けられた言葉に、ルカがビクリと身体を揺らす。
瞳に浮かんでいた熱が消え去り、代わりに動揺で揺れる光が戻った。


「そ、そんな!僕は……だって、その……君が……」


その時、ふとルカと目が合った。
途端、翡翠色の目に怯えが宿り、ルカの語尾が消えた。

何に怯えているのだろう、なんで怯えているのだろう。

でも、正直そんな事は些細な事で、今のあたしにとってはどうでもいい事だった。
黒から緑へと姿を変えたそれを目にして、引き寄せられるようにフラリと歩き出した。


「リズ、さん……っ?」


震える声を紡ぐルカの横を通り過ぎ、地に伏した兵士の前で膝をつく。


首元に手を当てるが、当然ながら脈は感じられず、ただ目の前の彼の死亡を再確認するだけに終わった。
まだ身体は温かいのに、目は既に光を失っていて、その死に顔に心が軋む。

のろのろと首から手を離し、半開きの両目を閉じさせたら僅かだけれど表情が和らいだように見えて、少しだけ慰められた。

ちゃんと弔ってあげたかったけれど、彼だってこんな森よりも家族がいる祖国で眠りたい筈だ。
だったら、ガラム兵が彼を連れて帰ってくれる事を願って、このままにしていこう。

静かに両手を合わせて、目を閉じた。


(ごめんなさい、助けられなくて。どうか、安らかに……)


また彼に来世があるのならば、来世では争いで命を落とす事がありませんように。
そう付け加えて、今はいない神に祈る。

冥福を祈る以外、何も出来ない自分が情けなかった。


「リズ、さん……」


名前も知らない敵国の兵士に祈りを捧げ、お墓を作れない事を内心で詫びてから、そっと目を開いて合わせていた手を離す。

ルカの方を振り返れば、呆然とした彼がこちらを見つめていて。
先ほどの狂喜した光も興奮も、跡形もなく消え失せている事に安心した。


(よかった、イリアがいてくれて)


彼女がハッキリと間違いを糾弾してくれたから、きっとルカは自分を見失わずに済んだんだろう。
安堵のあまり頬が緩んだ刹那、イリア達の後方に見知った姿を見つけ、あたしは思わず固まった。


「素晴らしいわ」


高揚した女性の−−チトセの声が響いた。

スパーダ達の振り向いた先に、あたしの視線の先に、基地にいる筈のチトセが道の中央で頬を染めて立っていて。
その姿に、基地を抜け出した時の罪悪感が込み上げるよりも先に、違和感を感じた。

チトセの名前を呟いたルカに彼女は微笑みを向け、静かにルカへと歩み寄る。

滑るように歩いてくるチトセを見つめていると、彼女の瞳には先程のルカと同じような熱が浮かんでいる事に気付いた。
言い知れぬ不安が脳裏を掠めたが、それが何か判らないまま、それは通り過ぎて行ってしまった。


「さっきの戦闘、見せてもらったわ。
私の見込んだ通り……。あなたは強い人ね」

「あ、ありがとう。でも……」


言い淀んだルカの言葉を遮り、スパーダが「おい、」と鋭く言い放った。


「リズにも言ったが、ここは戦場だぜ?
非戦闘員がウロチョロする所じゃねーだろ?」

「そうね、でもつい引き寄せられちゃったの。
強い殿方に寄り添いたい……。私の本能の部分がね」


チトセの言葉に目を丸くする。

失礼だとは思ったが、淑女のような彼女にそんな本能があったなんて驚きだ。
そもそも、それは戦場にいる理由にしてはあまりにも場違いで、とてもじゃないけどチトセの発言とは思えなかった。

チトセの発言に、イリアも呆れたような信じられないような声をあげる。


「はぁ?あんた……」

「それに、リズちゃんも探さなきゃいけなかったから」


イリアの声に被るように言ったチトセの言葉が、あたしの良心にグサリと刺さった。
ついでにイリアの視線も深く突き刺さる。

イリアの顔がめちゃくちゃ怖いんですけど……!

縮こまるあたしを一瞥し、「でも、見つかって良かったわ」と言ったチトセの笑顔が天使に見えた。
逆に、イリアの後ろには般若が見えたけれど、それは見なかった事にする。

もう一度微笑み、チトセが再びルカに向き直って彼の両手をそっと取った。


「ルカ君、おめでとう。あなたの活躍でガラム兵は退いたそうだわ。
本当におめでとう……」


イリアの眉間に刻まれたシワを気にしながらも、チトセの嬉しそうな声色にまた違和感が降り積もる。
本当にルカにべた惚れなのかもしれない、けれど……何て言えばいいんだろう。

そう、例えるなら転生書研究所でアルカ教団について話してた時のチトセや……そうだ、さっきのガラム兵に感じた違和感に似てるんだ。


(もしかして、チトセはルカに前世の誰かを重ね合わせてる……?)


それは一つの可能性でしかないが、それならば色々と腑に落ちる。
前世の影響から来る言動ならチトセらしくないのも頷けるし、何よりチトセはまるでルカの事を前から知っていたかのように話すから、多分可能性は高い。

正直、それは二人の為にならないから出来ればルカ自身を見て好きになって欲しいけれど……この様子だと難しいかもしれない。

チトセは良い子だし、好きな気持ちは本物だと端から見たあたしでもわかるから、応援はしたかった。
でも、前世の気持ちで恋して成就したとしても、それはチトセ自身の幸せに繋がるのだろうか?

幸せだとチトセは答えるのだろうけど……あたしにはそうは思えなかった。





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