06.相違 ( 3 / 5 ) [栞]



宙に浮かぶ美しい城に、一陣の風が吹き抜けた。
彼女の膝まで届く薄紅色の髪が舞い、柔らかな微笑みがその美貌に浮かぶ。

アスラの横で城へと伸びる通路を歩き、出迎えてくれた彼女に微笑みを返した。


「今、戻ったぞ。イナンナ」

「おかえりなさい、アスラ。ルネアスも無事でよかったわ」

「えぇ、御覧の通り無事よ。ありがとう。
ただいま、イナンナ」


頬に伸ばされた彼女の手を取って、笑みを贈る。
イナンナの翡翠の瞳が細められ、花びらのような唇が綻んだ。


「おかえりなさい――」


「あ、あのねぇ!!」


"彼女"とイリアの声が重なった。

眩しい程の光が薄れ、霧が晴れていくように視界に鮮明な現実が映り出す。
それは、奇妙で理解しがたい状況だった。

イリアに向かって跪いている兵士、困ったような怒ったような表情のイリア、それを見守るルカとスパーダ。

……回想の間に、何が起こったのだろう。
見れば、コーダも心配そうにイリアを見つめていた。


「あんた、ガラムの兵隊でしょ!
前世のいざこざを持ち込んでどうすんのよ!」


イリアの指摘に、ガラム兵がゆらりと立ち上がった。

聞き入れてくれたのだろうか。
そう思った刹那、ガラム兵から静電気にも似た敵意が放たれた。


「……イナンナ様」


兵士の暗い瞳が、イリアを射抜く。

兵士から放たれる、ピリピリと肌を刺すこれは敵意ではない。
それよりももっと深く、根強い−−殺意だ。

空気に緊張が走った。


「我々を捨ててセンサスに下ったのは勝ちに与するためなのですか?それとも……」


スッと、ガラム兵の指先がルカへと向けられる。

途端、更に殺気が強まり、兵士の目に憎悪が宿る。
それはあたしに向けられたのでもないのに、背筋が凍り付いたような感覚に陥らせた。


「そこのアスラがイナンナ様を奪ったのでしょうか?ならば……奪い返す……まで……」


ガラム兵の咆哮が轟いた。

ガラム兵からあふれた青白い光が兵士を飲み込み、天を切り裂く柱のように一瞬にして立ち上る。
その影響で生じた衝撃波に腕を翳(かざ)して耐え、それが消えてからそろそろと目を開いた。


「……−−−っ!!」


開いた瞳を、限界まで見開いた。
声が出ていたのなら、きっと耳を劈(つんざ)くような悲鳴をあげたに違いない。

光の柱が消えた場所にガラム兵の姿はなく、代わりに人ならざる異形の姿があった。

のっぺりとした青黒い皮膚、仮面を思わせる頭部、鳥類のような一対の翼、トカゲのような尻尾。
人間だった面影さえ感じられない、生物にあるまじき姿。

けれど、その姿は見知ったものでもあった。


(夢で見た……天上の兵士!?)


夢では白と黒が争っていたが、その黒の兵士と眼前にいる異形の姿は完全に一致する。


―前世の記憶はね、魂の記憶なの。それだけ、深く、強い記憶なのよ。
だから、縁(えにし)にも憎悪にも変わるの―

―心配だわ、転生者には前世がラティオ側だった者だっているんだもの。
ルカ君は強いけれど……まだあの御方ほどではないから―



不意にチトセの言葉を思い出して、真相を悟った。

イリアを"イナンナ様"と呼んだ先程のガラム兵は、ラティオの兵士の転生者で、イリアに−−否、イナンナに関係を持つ者だった。
そして、先ほどのやり取りから察するにアスラを前世に持つのであろうルカは、彼から見ればイナンナを奪った不倶戴天の敵なのだ。


("転生者じゃなければいいけど"って、こういう意味だったの……!?)


前世に縛られ、我を忘れたガラム兵の成れの果てを見て、先程のルカの呟いた理由を知り動揺した。
前世で昇華出来なかった感情が色濃く残っているのはあたしも薄々感じていたが、まさか現世の姿も自我も一瞬にして塗り替えられるほど危ういものだとは思ってもみなかった。

思考に沈みかけた時、イリアの悲鳴が鼓膜を叩いた。

慌てて顔を上げれば、天上兵が手に持った槍を構え、イリアへと迫っている。
思わず駆け寄ろうとしたあたしの前に、まるであたしの動きを予測していたかのようにスパーダが立ち塞がって進路を絶った。


「ちっ、やっぱ戦う以外ないのかよ!」


スパーダはうんざりしたように吐き捨て、剣の柄に手を掛ける。
その少し前で、ルカがイリアの名を叫び、スパーダよりも早く大剣を抜いて構えた。


「……渡すもんか!!」


強く言い放ち、ルカは大地を蹴った。
彼は数歩でイリアの前に到達し、天上兵の一撃を大剣で防ぐ。

加勢しようとしたスパーダを制し、ルカは天上兵をキッと見上げた。


《オノレ、アスラ……!》

「君の相手は僕だ!」


力強く叫ぶのと同時に、ルカは天上兵の槍を弾き返した。
バランスを崩した天上兵目掛けて、ルカが武器を振り下ろす。

しかし、天上兵は素早く翼を羽ばたかせて後退し、大剣は目標を失って空を切った。

だが、それも計算の内だったのか、ルカは動じずに何事か呟き、剣に片手を添えて刀身を天上兵に向ける。
彼の足元に紅色の魔法陣が浮かんだ直後、その頭上に幾つかの炎の塊が生まれた。


「ファイヤーボール!」


ルカの声と掌に従い、炎の弾丸が目標に飛来する。

攻撃を読み違えたのか、回避も出来ずに天上兵は正面から直撃を食らった。
炎が弾けるのと同時に、天上兵の絶叫が耳を貫く。

あまりにも痛々しい悲鳴に耳を塞ごうとした刹那、ルカが天上兵の背後に回り込んだのが見えた。


「これで終わりだよ。弧月閃!」


丸く弧を描いた一閃が天上兵を襲う。

天上兵の背中から鮮血が吹き出し、その身体が崩れ落ちるように倒れた。
大地に血が広がり、天上兵は幾度か大きく痙攣して……やがて、動かなくなった。

――死んだのだ。

そう理解した途端、酷い吐き気を催した。
口元を覆い、込み上げるそれを唇を噛んで堪える。

額にジワリと汗が滲むのを感じた。

心配そうに眉を下げてあたしを見上げるコーダに気付き、無理矢理笑顔を作る。
彼の頭をぎこちなくも撫でた時、高らかな笑い声が聞こえた。

場違いなそれに眉を寄せ、吐き気を堪えながら声の元を辿った先にルカがいた。





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