04.脱却 ( 4 / 5 ) [栞]



それからは、まさに息つく暇も無かった。

次から次へと担架で傷付いた兵士たちが運び込まれ、一人の処置が終わる前に更に怪我人が現れ、処置に追われる有様だ。
ある程度処置の方法を知っていた事と、自分で思っていたよりも手先が器用だった事が幸いした。

やんちゃな妹が怪我をした時の為にと求めたものだったから、知識だけあっても実際にちゃんと出来るか不安だったけれど、あたしの拙い手当てでも役に立ったのなら学んでいて本当によかった。

大量にあった薬品や包帯・ガーゼなども不足しがちで、物品庫(いや、この場合はテントか)に取りに走る事も度々あった。
今では物品庫の見張りの兵士ともすっかり顔見知りになり、顔パスで通れる程だが楽ではあっても嬉しくはなく、少し複雑だ。

そんな流れもようやく緩やかになった頃、


「リズ、休憩行ってこい」


と、救護班の班長から休憩を言い渡された。

他のメンバーも休憩が必要なのに自分だけ行く訳にはいかず、断ろうとした。
……が、断る前に問答無用で天幕の外に投げ出されてしまった。

気遣いは嬉しいのですが、痛いです班長…!そして些か乱暴ではないでしょうか班長…!

立ち上がって服に付いた土を払い、こっそり戻れないかとそろそろと振り返る。
しかし、班長がギラギラした目で見張っていたので諦めた。


(……面倒見が良いと言うか、人が好いと言うか…)


恐らく、医療班のメンバーの殆どが治療の合間に僅かに身体を休めるくらいで、交代まで休憩は取らないつもりなのだろう。
先ほど食糧班からもらってきた遅い昼食が殆どの人数分揃っていた事から、それくらいは推測出来た。

だから、あくまで手伝いで来ているあたしが気を遣って働き過ぎる事がないよう、強引に休憩へと送り出したのだと思う。

班長なりに気を遣ってくれたのだと分かっていたが、もう少し方法もあったんじゃないかとも思ってしまって、つい苦笑いがこぼれる。
そもそも、投げ出す必要はどこにあったのだろう。

それでも心遣いは嬉しくて、未だに天幕から顔を覗かせる班長に頭を下げると、早く行けとでも言うようにシッシッと手を払われた。あたしは犬ですか。


(……照れ隠しなのは分かるんだけど、何だかなぁ)


ふぅっと息をつき、空を見上げる。
来た時にはまだ東にあった太陽が、既に真上を通り過ぎて傾き始めていた。

もうじき、夜が訪れる。

その時からが本番だと、班長達はそう言って苦々しく顔を歪めていた。
「だから、それまでは休んでおけ」と言って、あたしを投げ出し……訂正、休憩を言い渡したのだ。

……でも、まだ日没までだいぶ時間あるんだけどな。

だが、戻ったところで再び追い出されるのがオチだろう。
チラリとテントを一瞥すると、見送るつもりなのか、まだ天幕から顔を覗かせる班長の姿が見えた。

……班長、仕事しなくていいんですか。


(復帰は難しそうかなぁ……)


当たらずとも遠からずな自分の考えに肩を竦めれば、治療の邪魔にならないように纏めていた髪が風で揺れた。

とりあえず、大人しく炊事テントに行って食事でも取ろう。
正直、あまり食欲はないのだが、食べれる時に食べておかないと後々大変そうだし、少しでも食べておいた方がいいだろう。

その後は……まぁ、どうにかして時間を潰すしかない。

髪を解きながらそんな事を考えていると、後方から声をかけられた。
呼ばれて振り返った先には、こちらに駆け寄るチトセの姿。

歓迎の意を示す為にチトセに笑みを送ると、彼女も微笑みを返してくれた。


「お疲れ様、リズちゃん。大変だったみたいね」


人伝に聞いたのか、そう言ったチトセに苦笑いを向ける。
チトセも同じような笑みをあたしに向けたが、すぐにその笑みは正反対のものへと変わった。


「そうそう!
今朝ね、リズちゃんと別れた後にルカ君に会ったの」

「……!!」


ルカ君、って研究所で会ったルカだよね。

ルカが此処、西の戦場に来ていたって事は、検査に合格した事を意味する。
そして、それはルカと一緒に検査を受けたイリアとスパーダも同じ筈だ。


(よかった……とりあえず無事、なんだ……)


検体になんか、ならなくてよかった。
そう思うと、ホッと安堵の息がこぼれた。

しかし、「でも」と続けられたチトセの呟きにその息すらも凍り付いた。


「心配だわ、転生者には前世がラティオ側だった者だっているんだもの。
ルカ君は強いけれど……まだあの御方程ではないから」


そう言って、チトセは考えるように黙り込んでしまった。

ラティオ側、あの御方。
チトセが何を言っているのかは分からなかった。

けれど、"ルカ達が前線で戦っている"事だけは理解出来た。


―あるいは、戦場で兵士として直接戦ってもらうかだ―


グリゴリの言葉が脳を揺さぶる。

そうだ、あたしは知っていた。
検査に受かれば、戦場に――人を殺し、自分も殺されるかもしれない場所に送られる事を知っていた。


(あたし、なんて事を思ったの……)


何が"よかった"だ、そんなのあたしの自己満足じゃないか。
人を殺さなければならない苦しみも、殺されるかもしれない恐怖も、何も知ろうともせずに――よかった、なんて思っていい筈がない。

苦くて、後ろめたい感情が胸いっぱいに広がる。

彼らが身を置く前線とは違い、危険に晒されてないこの陣営で何を呑気に安堵しているんだ。
まるで他人事みたいに考えて、あたしは一体何様のつもりなの。

一歩違えば、あたしも彼らと同じように前線で戦わなければならなかったかもしれないのに。



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