オルゴールは回る
「戦争の道具にする気?
異能者狩りって、結局は戦争のためなんじゃないか!」
「フン、何を言うか」
少年の震えを帯びた叫びをグリゴリは鼻で笑い、鉄格子越しに振り返った。
仮面の奥で光る眼に、怒りと憎しみが垣間見えた。
「お前達天上人が天上を滅ぼたお陰で、この地上までも滅びの道を辿る事になったんだ」
天上人が……天上を、滅ぼした?
グリゴリの言葉を理解出来ず、脳内で復唱する。
途端にズキン、と頭を鈍器で殴られたような、頭痛を覚えた。
(い……っ!)
あまりの痛みに頭を抱える。
目を瞑って閉じた視界の中を、グリゴリの言葉がグルグルと回った。
――オ前達天上人ガ天上を滅ボシタ――声が聞こえる。
―――アスラ、お願い!もっとイナンナと話し合って……!泣きそうな声で、誰かが懇願する。
―――話など、もう幾度も幾度もした。だが、
―――それでは駄目なの!お願いだから、取り返しが付かなくなる前に、もう一度だけでもイナンナと……。
―――俺はこれから" "として宣告せねばならん。残念だが、イナンナと話す猶予はない。
―――アスラ……!!
―――くどい!追い縋る声。振り払われる、腕。
遠退いていく空。
――オ陰デコノ地上マデモ―――――何故だ……っ!怒りに震える声が空を裂く。
―――どうして裏切った!! ルネアス!!
―――ごめんなさい、私は……っ苦悩が滲む声。涙で濡れた、声。
―――それが貴様の答えか……。いいだろう、だが覚えておけ。お前の、その慈悲が……立ち竦む"私"を射抜く、眼光。
憎悪にまみれた光が"私"の心さえも貫いた。
―――この地上さえも滅ぼす事になる――滅ビノ道ヲ辿ル事ニナッタンダ――二つの声が重なると同時に、突如、閃光が走り抜け、全てを切り裂いた。
その強烈な光の中に一瞬見えたのは……世界の……
「……イ、……か……ろ!オイッ、リズ!!」
「っ!?」
目を開いた先に、あたしを見下ろす灰色の双眸。
焦りを滲ませた瞳に、キャスケットからこぼれた緑髪がハラリとかかった。
――スパーダ、だ。
瞬きを繰り返すあたしを見て、スパーダは大きく息を吐いた。
(……な、に……今の……)
心臓が全力疾走した後のようにバクバクと五月蠅い。
嫌な感触を覚えて額を拭えば、いつの間にか汗をびっしりかいていた。
肩に置かれていた手はまだ離さぬまま、あたしの顔を覗き込むスパーダの後ろに、心配そうに見つめるチトセ達の姿も見える。
「どうしたよ、リズ」
(わか、らないよ……あたしにも……)
恐々と首を小さく横に振るが、暫くスパーダは怖い顔であたしを見ていた。
しかし、やがて息を一つ吐いて表情を弛め、ポンと肩を叩いてあたしを解放した。
「ま、とりあえず落ち着いたみてェだし、いいか」
「リズちゃん、大丈夫?」
離れたスパーダと入れ替わりに、今度はチトセが覗き込んだ。
ああ、また心配をかけてしまった。
そう思うと申し訳なさが込み上げ、とりあえず安心させようと笑みを浮かべ、彼女の質問に頷く。
上手く、笑えてるだろうか。笑えてればいいな。
チトセはまだ納得してなさそうな様子だったが、不意に口を噤んで渋々といった体(てい)で引き下がった。
チトセが案外あっさりと引き下がってくれた事に内心ホッとし、ふと視線を感じて奥にいた少女達に目を向けた。
どこか心配そうな二人に気付き、大丈夫だと伝える為にニコリと笑いかける。
それを見たスパーダが思い出したように二人を呼び寄せ、紹介してくれた。
「リズ、こいつらはルカとイリア。銀髪のがルカで、赤髪がイリアだ。
ルカ、イリア、こいつはリズ。っつっても、名前わかんねぇから俺らが決めた名前なんだけどな。
あー……で、こいつ声が出ねぇらしいから、そこんとこよろしく頼むわ」
「そ、そうなんだ……。えっと……よろしく、リズ……さん」
「よろしくね、リズ」
ルカとイリアに挨拶の代わりに笑顔を返し、軽く握手を交わす。
二人とも、年はあたしより幾つか下だろうか。
ルカは銀髪にエメラルドグリーンの瞳、背に大剣を装備したどこか気弱そうな男の子。
服装や口調等から見て、裕福な家庭で育ったのだろうと想像がついた。
……にしても、何で怯えてるんだろう?あれかな、人見知りとか?
イリアは、ルカとは真逆な印象を抱く女の子だった。
肩までの内巻きの赤髪と同色の大きく真っ直ぐな瞳、腰に二丁の拳銃を差している見るからに明るくて強気そうな子だ。
一通り二人と挨拶を終えた時(あたしは喋れないからおじぎや握手のみだけど)、イリアの足元にチョコンと佇む生き物を見つけた。
あたしの視線に気付いたイリアが、「こいつはミュース族のコーダよ」と説明もとい紹介してくれる。
でも、ミュース族って何……?
アレかな、よくファンタジーであるエルフとか、ノームとか……そんな感じの人間とは違う一族なのかな?