03.幻影 ( 3 / 5 ) [栞]



「戦争の道具にする気?
異能者狩りって、結局は戦争のためなんじゃないか!」

「フン、何を言うか」


少年の震えを帯びた叫びをグリゴリは鼻で笑い、鉄格子越しに振り返った。
仮面の奥で光る眼に、怒りと憎しみが垣間見えた。


「お前達天上人が天上を滅ぼたお陰で、この地上までも滅びの道を辿る事になったんだ」


天上人が……天上を、滅ぼした?

グリゴリの言葉を理解出来ず、脳内で復唱する。
途端にズキン、と頭を鈍器で殴られたような、頭痛を覚えた。


(い……っ!)


あまりの痛みに頭を抱える。
目を瞑って閉じた視界の中を、グリゴリの言葉がグルグルと回った。


――オ前達天上人ガ天上を滅ボシタ――


声が聞こえる。


―――アスラ、お願い!もっとイナンナと話し合って……!


泣きそうな声で、誰かが懇願する。


―――話など、もう幾度も幾度もした。だが、

―――それでは駄目なの!お願いだから、取り返しが付かなくなる前に、もう一度だけでもイナンナと……。

―――俺はこれから"  "として宣告せねばならん。残念だが、イナンナと話す猶予はない。

―――アスラ……!!

―――くどい!



追い縋る声。振り払われる、腕。
遠退いていく空。


――オ陰デコノ地上マデモ――


―――何故だ……っ!


怒りに震える声が空を裂く。


―――どうして裏切った!! ルネアス!!

―――ごめんなさい、私は……っ



苦悩が滲む声。涙で濡れた、声。


―――それが貴様の答えか……。いいだろう、だが覚えておけ。お前の、その慈悲が……


立ち竦む"私"を射抜く、眼光。
憎悪にまみれた光が"私"の心さえも貫いた。


―――この地上さえも滅ぼす事になる

――滅ビノ道ヲ辿ル事ニナッタンダ――


二つの声が重なると同時に、突如、閃光が走り抜け、全てを切り裂いた。
その強烈な光の中に一瞬見えたのは……世界の……


「……イ、……か……ろ!オイッ、リズ!!」

「っ!?」


目を開いた先に、あたしを見下ろす灰色の双眸。
焦りを滲ませた瞳に、キャスケットからこぼれた緑髪がハラリとかかった。

――スパーダ、だ。

瞬きを繰り返すあたしを見て、スパーダは大きく息を吐いた。


(……な、に……今の……)


心臓が全力疾走した後のようにバクバクと五月蠅い。
嫌な感触を覚えて額を拭えば、いつの間にか汗をびっしりかいていた。

肩に置かれていた手はまだ離さぬまま、あたしの顔を覗き込むスパーダの後ろに、心配そうに見つめるチトセ達の姿も見える。


「どうしたよ、リズ」

(わか、らないよ……あたしにも……)


恐々と首を小さく横に振るが、暫くスパーダは怖い顔であたしを見ていた。
しかし、やがて息を一つ吐いて表情を弛め、ポンと肩を叩いてあたしを解放した。


「ま、とりあえず落ち着いたみてェだし、いいか」

「リズちゃん、大丈夫?」


離れたスパーダと入れ替わりに、今度はチトセが覗き込んだ。

ああ、また心配をかけてしまった。
そう思うと申し訳なさが込み上げ、とりあえず安心させようと笑みを浮かべ、彼女の質問に頷く。

上手く、笑えてるだろうか。笑えてればいいな。

チトセはまだ納得してなさそうな様子だったが、不意に口を噤んで渋々といった体(てい)で引き下がった。
チトセが案外あっさりと引き下がってくれた事に内心ホッとし、ふと視線を感じて奥にいた少女達に目を向けた。

どこか心配そうな二人に気付き、大丈夫だと伝える為にニコリと笑いかける。
それを見たスパーダが思い出したように二人を呼び寄せ、紹介してくれた。


「リズ、こいつらはルカとイリア。銀髪のがルカで、赤髪がイリアだ。
ルカ、イリア、こいつはリズ。っつっても、名前わかんねぇから俺らが決めた名前なんだけどな。
あー……で、こいつ声が出ねぇらしいから、そこんとこよろしく頼むわ」

「そ、そうなんだ……。えっと……よろしく、リズ……さん」

「よろしくね、リズ」


ルカとイリアに挨拶の代わりに笑顔を返し、軽く握手を交わす。
二人とも、年はあたしより幾つか下だろうか。

ルカは銀髪にエメラルドグリーンの瞳、背に大剣を装備したどこか気弱そうな男の子。
服装や口調等から見て、裕福な家庭で育ったのだろうと想像がついた。

……にしても、何で怯えてるんだろう?あれかな、人見知りとか?

イリアは、ルカとは真逆な印象を抱く女の子だった。
肩までの内巻きの赤髪と同色の大きく真っ直ぐな瞳、腰に二丁の拳銃を差している見るからに明るくて強気そうな子だ。

一通り二人と挨拶を終えた時(あたしは喋れないからおじぎや握手のみだけど)、イリアの足元にチョコンと佇む生き物を見つけた。

あたしの視線に気付いたイリアが、「こいつはミュース族のコーダよ」と説明もとい紹介してくれる。
でも、ミュース族って何……?

アレかな、よくファンタジーであるエルフとか、ノームとか……そんな感じの人間とは違う一族なのかな?




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