オルゴールは回る
でも、前世の記憶が気にならない、と言ったら嘘になる。
それは確かだ。
夢で見た、前世のあたしの事。前世での、チトセとあたしの関係。
知りたい事は沢山あるのだ。
思い出せるのなら、思い出したい。
そうすれば、
(きっと、わかるよね)
この、心臓の奥で疼く痛みの正体も。
その理由も。
(……そういえば、)
壁に背を預けたまま瞼を降ろしたスパーダを、チラリと見やる。
ここで目覚める前に見た夢を思い出した今、スパーダの容姿は夢の中の人物とピタリと当てはまる。
勿論、彼とあたしの言動もまた然り、だ。
(久々に見たなぁ……アレ)
抱えた膝に顎を埋め、何をするでもなく、ぼんやりと床を眺める。
先程、といっても実際は数時間前に見た夢は、俗に言うならば、正夢というヤツなのだろう。
いや、あたしの場合は正夢というより、予知夢といった方がいいかもしれない。
正夢にしては的中率が高すぎるし、まるで後に起こる出来事を再現したのではないかと思うほどに正確だからだ。
それは夢で済ますにはあまりに生々しくて、現実だと認めるにはあまりにも残酷だった。
何せ、あたしがどう動こうが現実は忠実に夢を辿るように転がっていき、結果を変えられた事など一度としてないのだから。
(出来るならもう見たくない、なぁ……)
現状でも不安がてんこ盛りなのに、これ以上不安を抱えるのは御免被りたい。
けれど、あたしの意思に関係なく見る夢なので、そんなささやかな願いすら叶わないだろう。
こっそりと溜め息を吐いた時、隣で俯いていたチトセが不意に顔を上げた。
「………、」
(……チトセ?)
彼女の視線の先を辿ると、牢の隅――おそらく壁の向こうの廊下を見つめていた。
視線を戻せば、期待と嫌悪が入り混じったような、初めて見るチトセの複雑な顔がある。
そんな彼女を見て首を傾げていると、廊下から足音が聞こえてきた。
(……新しい転生者、かな?)
今までの短時間の中での経験上、そんな予感がする。
だが、ただの転生者が来たくらいで、チトセがこんな顔をするだろうか。
スパーダに顔を向けると、彼も足音に気付いたらしく、扉に視線を注いでいた。
暫くして、扉の前辺りで足音が止まる。
その数秒後に扉が開き、「ここに入ってろ」と無感情な声が聞こえた。
それと同時に、スパーダの時と同じように少年と少女が牢屋に叩き込まれる。
相変わらずなんて扱いなの……。
彼らの後ろに立つ、鼻の部分が尖った造りの妙な仮面を被った……おそらく男性と思われる人物が一瞬見えたが、すぐに扉を閉められてしまった。
「あなた達って、一体……」
座り込んだまま、叩き込まれた内の一人である少年が呆然と呟く。
おそらく、鉄格子の先に微かに見える、見張りの男に向けられた言葉。
彼は少年の意思を正確に汲み取ったらしく、扉に背を向けたまま答えた。
「我等はグリゴリ。
長きに渡り、神の血を引き継ぐ者」
「はぁ?神?」
見張りの男――グリゴリの答えに、少年と一緒に投獄された少女が素っ頓狂な声を上げる。
それに対してグリゴリは、天術を封じたのもその神の力による物だと告げた。
天術って……確か、異能の力の事だったかな?
なるほど、このグリゴリって人たちがいるから、転生者を容易に収容する事が出来るのか。
血気盛んなスパーダが大人しく……うん、多分比較的大人しくしてるであろう理由も、多分力が使えないからなんだろうな。
あたしが一人納得していると、そんな事はどうでもいいとばかりに、少女がスパーダの時と同様に鉄格子に掴み掛かる。
ガタガタと揺らして怒鳴る様は、見た目とのギャップも相俟ってなんとも勇ましい……。
「んで、結局ここは何処なのよ!
検体って何?あたし達をどうするつもり?」
少女の疑問の声にハッとする。
そうだ、あたしも彼女達と同じ、囚われの身だ。
ならば、この後に待ち受けるものは、きっと同じ筈。
込み上げる不安と緊張を抑え、あたしもグリゴリの答えを待つ。
グリゴリは、淡々と事務的な口調で答えた。
「ここは王都管轄、転生者研究所。
検体の主な使用法は二つだ」
検体、使用法、その言葉たちに眉をひそめる。
流れる血は違うかもしれないが、同じ人間になんて言い草なのだろう。
その言葉から、人ではなく道具として扱われる事が容易に連想出来た。
「一つはお前達、転生者をエネルギー源とした兵器にする。
あるいは、戦場で兵士として直接戦ってもらうかだ」
兵器の原料、もしくは兵士。
グリゴリの言葉が、胃に重く圧し掛かる。
どちらにせよ、戦争の道具に――人殺しの道具にするつもりなのだ。
そう認識した途端、背中を恐怖が這い上った。