幻水TKお試し連載B



私が観察している間、彼らはひとしきり声を張り上げたり、周りを探ったりしていた。

先程までの会話から察するに、彼らは人の声を聞きつけて探しに来たのだろう。
まさか、当の本人である私が隠れてるなんて事も知らずに。

そんなお人好しな彼らの行動を無駄だと思う私は、間違いなく薄情者だ。

やがて、ここにはいないと判断したのか、諦めたように彼らは池のほとりに戻っていく。
再度集まった彼らの中で、銀とも灰色とも付かない色の髪を持つ男の子が、しきりに首をひねっていた。


「誰もいないようだな」

「おっかしいなー。
確かに、悲鳴と一緒に派手な水音が聞こえたのに…」

「やっぱり気のせいだったんじゃないのー?」

「んな訳ねェよ!」


首をひねっていた男の子が、ツインテールの女の子にからかわれて噛み付くように抗議する。
いきりたつ彼をひょろっとした男の子が「まぁまぁ」と宥めるも、あまり効果はなさそうだ。

そんな微笑ましいやりとりの最中、帽子を被った男の子が不意にこちらを向いた為、私は慌てて顔を引っ込めざるを得なくなった。

マズい、一瞬だが見られてしまったかもしれない。
なんて致命的なミスをするんだ、私は!

思わず意味もなく蹲り、嫌な心音を立てる心臓を服の上から押さえる。
いやいや、でも案外視力低くて見えなかったとか、違うものを見て気付かなかったなんて事も……


「どうした?ジェイル」

「…いた」


…ある訳ないか。

そうですよね、普通気付きますよね。
バレるの当たり前だろ、私。

感情を読み取れない声がまるで死刑宣告に聞こえたのは、きっと気のせいではない。


「いたって、何が? 何がいたの!?」

「……」

「おい、ジェイル?」


引きつった叫びにも疑問の声にも答えず、ただ足音だけが迫る。

私を引き摺り出す為だと瞬時に悟ったが、既にバレているのに逃げ出すのは今更なような気がする。
それに、彼らなら見つかっても問題ないと思った。

私を探す理由は知らないが、きっとお人好しの部類にあたる彼らが相手ならば、逃げるのも騙すのも造作もない事だろうから。


「…いつまで隠れているつもりだ?」

「っ!」


思ったよりも早く訪れた、自分に向けられた声に驚く間もなく、腕を掴まれて引っ張り上げられる。
抱えていたブレザーがバサリと落ちたが、拾おうとする事さえ出来なかった。

身体中に走った痛みに眉を寄せる私に構わず、帽子を被った男の子は強引に私を立たせ、唖然とする他の四人へと顔を向けた。


「コレじゃないか?シグ」


よりによって、“コレ”扱いか。
しかも、全く話が繋っていない。

この人、独特の思考回路を持つ私の苦手な部類の人間かもしれない。

直感で私はそう悟った。
こっそりと脳内の苦手な人間一覧表に、“帽子くん”を追加する私の思考など、彼らは知る由もないが。

先程いきりたっていた男の子―恐らく彼が“シグ”なんだろう―は私を見てパッと顔を輝かせ、女の子達に振り返った。


「ほらな!
気のせいなんかじゃなかっただろ?」

「いや、確かに結論から言えばそうだけど、今はそんな場合じゃないと思うんだけど」

「なぁー!アンタ、大丈夫か?」

「おい、シグ!」

「絶対聞こえてないわよ、アイツ…」

「まぁ、いつもの事だけどね」


ひょろっとした男の子の言葉すら聞こえていないようで、“シグ”は喜びに眼を輝かせたまま、こちらに駆け寄ってくる。
その様子に一人が諌め、一人が溜め息をつき、一人が肩を竦め、やがて顔を見合わせて彼らも“シグ”の後を追ってきた。


「あー…一応、無事ですけど…」

「そっか、そりゃあよかった!」


追い付いた“シグ”に今更ながら先程の返事を返せば、何故か彼は眩しいくらいの笑顔を見せた。
確かにケガはないけど、ずぶ濡れの姿はどう見ても大丈夫には見えないだろうに。

まぁ、機嫌を損ねるのは避けたいから、とりあえず彼には曖昧な笑顔を返しておく。

集まった彼らの姿を改めて近くで見ると、やはり彼らはとてもじゃないが近代的とは言えない格好をしている。
先程目についた武器や防具だけでなく、腰布やサンダルといったものも関係しているのだろう。

そんな彼らが上から下まで私の姿を物珍しそうに眺めるので、まるで私が辺境の地にやってきた異邦人のように感じた。


「それにしても、珍しい格好だな。どこから来たんだ?」

「いや…それが私にもよくわからなくて…」

「はぁ?」


彼等の顔が一様に怪訝そうに歪む。

まぁ、その気持ちもわからなくはない。
確かに自分でも分かってないだなんて言われたら、“この人頭大丈夫だろうか”とか思うのが普通なんだろうけど。

だが、そうとしか言い様がないんだから仕方ない。


「ねぇ、ひょっとして頭でも打った?」

「ちょっ、マリカ!それはちょっと直球過ぎだって!」


心配半分、本気半分といった具合な表情で少女――“マリカ”は言った。

彼女のストレートな物言いに慌てたのはひょろっとした男の子で、あまりの慌て振りに逆にこちらが同情してしまう。
それに反論の仕様もないし、する理由もない。事実、私は頭を打ったのだから。

そんな“奇人疑惑”よりも、何故だろう…とても引っ掛かる事がある。

彼らの服装、武器と防具、そして私の制服。
日本では考えられないもの、相容れないと感じてしまうもの。

私にとって異質なのは周囲の全て。
しかし、彼らや周囲から見れば異質なのは何だ?

それは……異質な存在は、私だ。

質問にも答えず、黙りこくった私に五人の訝しげな視線が突き刺さる。
しかし、私はそんな事に構う余裕なんて無かった。

考えたくもない嫌な予想の所為で痛みだしたこめかみを押さえ、俯く私に“もう一人の冷静な私”が囁く。

ならば、此所は一体どこだ?
私が異物と化すこの場所は…今まで居たあの場所とは、全く異なる場所じゃないのか?


「あー…付かぬ事を伺いますが…」

「お、おう。何だ?」


唐突に口を開いた私に驚いたのだろう。
戸惑いながらも応えた“シグ”の声は、どもっていた。

一呼吸分だけ間を開け、私はその質問を口にする。


「…此所、どこですか?」


六人の間に、冷たい風が吹き抜けた。




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