幻水TKお試し連載A



(全く…。
……にしても、見事に何もいないな…)


ぐっしょりと濡れた髪を絞りながら、改めて周りを見やる。

森の中には道らしい道もなく、生き物の影すら見えない。
鳥や鼠のような鳴き声は聞こえども、人気は皆無だ。
さて、どうしたものか…。

道がわからない場合は、人に聞くのが一番手っ取り早いと誰かが言っていた。
しかし、肝心の人間が居ない事にはお話にならない。

まぁ、もし仮に聞けたとしても、それをまるまる信じるなんて馬鹿な事をするつもりなど無いけれど。
だが、土地勘の無い私が無闇に進むのも無謀な事には違いない。


(いや、今はそんな事よりも…)


俯き、自身の制服に視線を落とす。
その姿は、正しく濡れ鼠だ。

人を探すにしろ道を探すにしろ、この格好をどうにかするのが先決だろうか。

少しだけ悩み、もう一度周囲を窺う。
やはり、人の気配は無い。


(風邪引いても困るし、見られる心配も無さそうだし…いいや)


脱ごう。
そう決めて、手早く服を脱ぐ。

ブラウスとベスト、スカートを雑巾のようにギュッと絞って再び纏い、上着は羽織らずに手に持つ事にした。
さすがに下着まで脱いで絞る勇気は無く、残念ながらそれらはそのままだが。

ローファーに溜まってしまった水も捨て、再び履く。
ネクタイを絞って、髪留め代わりに髪を纏めたら少しはスッキリした。


「さて、と…」


再び、自分の姿を見下ろす。
やはり肌に張り付く気持ち悪さは残るものの、さっきよりはマシになった…と思う。

身なりも多少は整った事だし、ようやく一息付けそうだ。
ふぅ、と一つ息を吐き、手近な幹に寄り掛かる。

これから、私はどう動くべきだろう。

地名もわからない、場所もわからない、何がいるかもわからないこの森で下手に動くのは危険かもしれない。
かと言って、この場でただ待っていても、助けが来る保証はない。

サバイバルなんて経験した事も知識も無いから、どちらが賢明かはわからないけれど。


「…動かなきゃ始まらない、かな」


どの道、食料や水などの問題も上がってくる。
それならば来るかもわからない助けを待つよりも、人里を探す方が早いかもしれない。

結論を出し、適当に方向を決めて一歩踏み出した、その時。


「―――ぃ…!」

「!!」


鼓膜が捉えた“それ”に、私は勢いよく振り返った。

風の音や動物の鳴き声などではない。
確かにヒトの声だった。

一般人ならば渡りに舟だと喜ぶのだろうが、残念ながら私にはそうは思えない。
近付いてくるヒトが、害なす者でないとは言い切れないのだから。

咄嗟に手近な幹に、声が聞こえた方角から身体を隠せるように張り付く。
念を入れて注意深く気配を殺し、耳を澄ませれば、無防備とも呑気とも言える会話が聞こえてきた。


「―い!おぉーい、誰か居るのかー?」

「ねぇ、シグ。
本当にこっちから声が聞こえたの?」

「間違いねェって!なぁ、ジェイル?」

「あぁ、確かに聞こえた」

「でもさ、ヒトなんてちーっともいねェよ?」


声は…五人分ってとこか。
男が一人、少女が一人…後の三つは少年の声だろう。

木の幹から少しだけ顔を覗かせると、複数の影が遠目に見えた。


「まぁまぁ。そう言うなよ、リウ。
もし、誰かがこの森で迷っていたら大変だろう?」
「そりゃあ、そうだけどさー…」

「あー、わかった!リウってば怖いんでしょう?」

「いやいや、そんな事!……なかったりもしなくはないけど」

「いや、だからどっちだよ」


楽しそうな笑い声。
サクサクと草を踏み、近付いてくる足音。

不意に、頭の隅で何かが引っ掛かった。違和感、とでも言うのだろうか。

何だか、足音が軽い…ような気がした。

足音に軽いや重いがあるのかと言われれば、違うような気もするのだが。
何と表現すればいいのだろう…そう、例えるならば体重によるものではなくて、もっと別の…そう、何かが違うような……。


「村の近くだと、池はここくらいだな」


やってきたヒトの中では年長らしい男の一言で、ハッと我にかえった。
しまった、ついつい考え込んでしまったようだ。

隠れていた木の幹からそろりと顔を覗かせると、池のほとりに五人の男女の姿があった。

考え込んでいる間に随分と接近を許してしまったらしい。
迂闊に動けない状況に自ら陥ってしまい、間抜けな自分を呪いたくなった。

…しかし、これはこれで彼らの人となりを見るチャンスでもある 。せっかくの機会を逃す手はない。


(……にしても、変わった格好だこと…)


五人が五人とも民族衣装に近い服装で、遠目でわかりづらいが手に何かしらを持っていた。

女の子が持つ、見覚えのある半月状のものが弓だとすれば、きっと他の人が持つものも武器なんだろう。
それは、女の子を除く四人が鎧やら肩当てやらを身に着けている事からも予想出来た。

自衛の為か、それとも他の目的があるのかは知らないが、此所は日本のように平和でない事は確かなようだ。




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